ここでは『詩経』(しきょう)に収録されている作品「桃夭」(とうよう)を解説する。
「桃夭」を口語訳すれば、「若々しい桃」という意味。
事前の説明
この作品は嫁いでいく娘の幸福を願う庶民の素朴な感情を歌い上げたものであり、代表的な祝婚歌として知られている。
白文と書き下し文
桃之夭夭 灼灼其華 之子于帰 宜其室家
桃之夭夭 有蕡其実 之子于帰 宜其家室
桃之夭夭 其葉蓁蓁 之子于帰 宜其家人 |
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- ^ 夭夭(ようよう)- 若々しい形容。「夭」(よう)とは、若いという意味である。
- ^ 灼灼(しゃくしゃく)- ここでは燃えるような花の様子を表す表現。
- ^ 于き帰ぐ(ゆきとつぐ)- 「于」は「往」と同じ。ただし「ここに」と読む説もある。また、「帰」は「嫁」と同じ意味で、お嫁に行くことを指す。
- ^ 室家(しっか)- 嫁ぎ先の家。
- ^ 宜し(よろし)- よい。好ましい。調和する。
- ^ 蕡(ふん)- 実がたくさんなる。または、実がはちきれんばかりに充実している様子。
- ^ 家室(かしつ)- 「室家」と同じ。押韻の関係(「実」「室」との)から、さかさまになっている。
- ^ 蓁蓁(しんしん)- 葉が一面に茂る様子。
現代語訳
- 桃(の花)は若々しいよ、 燃えるように盛んに咲くその花よ。
- (その花のように若く美しい)この娘は今お嫁に行きます。 きっとその家の人とうまくいくでしょう。
- 桃(の実)は若々しいよ、 はち切れるようなその実よ。
- この娘は今お嫁に行きます。 きっとその家の人とうまくいくでしょう。
- 桃(の葉)は若々しいよ、 盛んに茂るその葉よ。
- この娘は今お嫁に行きます。 きっとその家の人とうまくいくでしょう。
古体詩(こたいし)とは
唐代に確立した「近体詩」(絶句・律詩など)よりも、以前の時代の形式を、古体詩(こたいし)という。
唐代以降にも、古体詩は作られた。
古体詩の形式は色々とあるが、近体詩と比べると、古体詩の形式は規則が緩やかである。
一句の字数によって、四言(しごん)・五言(ごごん)・七言(しちごん)・雑言(ざつげん)などに分類される。
押韻(おういん)には決まりがないが、偶数句末に押韻することが多い。
古体詩では韻を途中で変えてもよく、韻を変えた場合を換韻(かんいん)という。
古体詩の詩形には、古詩(こし)と楽府(がくふ)がある。
形式
四言古詩(しごん こし)。
一句の字数が四字なので「四言」。
この「桃夭」では、四句で1まとまり(1章)となっていて、3章立てになっている。
押韻
- 「華」(か)・「家」(か)
- 「実」(じつ)・「室」(しつ)
- 「蓁」(しん)・「人」(じん)
各章の二句末と四句末が韻。
章ごとに韻が変わり、換韻(かんいん)である。
重言
「夭夭」などのように、同じ字を重ねて状態を表す熟語のことを重言(じゅうげん)という。または畳語(じょうご)という。 「灼灼」も同様に、重言である。「蓁蓁」も重言である。
語彙
夭(よう) - 「夭」とは「若い」という意味である。現代でも、若くして死ぬことを夭折(ようせつ)という。
解説
同じ語句が繰り返されている、素朴な民謡調の詩である。 娘の様子が「華」→「実」→「葉」と変わっていくことで、季節の移り変わりを示している。そして季節の変化とともに娘が結婚先の家になじんでいく様子を表していると思われる。「華」は結婚のときに美しく着飾った娘を示し、「実」は娘が生んだ子どもを示し(娘の発育を示すという説もある)、そして「葉」はその後の子孫の繁栄を示している。