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これから、2回に分けて動物の行動について解説していきます。

まずは、行動の全体像から説明して、それから習得的行動の中身を解説します。

行動とは何か 編集

 その受容器によって、周囲の環境から多くの情報を取り込んでいます。受け取った情報は神経を通して送られ、中枢神経系で処理されます。そして、処理された情報は、効果器に送られます。このため、環境に応じて反応が起こります。

 動物が生きていくために、あるいは赤ちゃんを産むために必要な動きを取る場合を行動と呼びます。行動には、生得的行動学習行動の2種類があります。生得的行動は遺伝子によって決まり、学習行動は経験によってのみ育まれます。学習行動には、推理力や洞察力といったものも含まれ、これらは知能に基づきます。

 動物を見ていると、いろいろな行動をしている様子がうかがえます。これを「なぜ動物はそのような行動をとるのか」という視点から考えてみましょう。行動には、仕組み[1]発達機能進化という4つの見方があります。仕組みとは、神経系などが連携して行動を起こす様子を表す言葉です。発達とは、生まれてから大人になるまでの変化、生まれてから行動が終わるまでの変化、行動がどのように形成されるかを意味します。機能とは、その行動が動物の生活の中でどのような役割を果たしているかという意味です。進化とは、祖先の行動から現在の行動まで、時間の経過とともに行動が変化していく様子をいいます。

鍵刺激による行動 編集

 動物が何かを見たり聞いたりした時に、いつも同じ行動をとる場合を鍵刺激(信号刺激)といいます。

 これを取る代表的な生物は、トゲウオとセグロカモメです。順番に解説していきます。

トゲウオの攻撃行動 編集

 
トゲウオ(イトヨ)

 トゲウオはイトヨ、ハリヨなどの総称で、春になると腹が赤くなり、川や池の底にある植物を集めて巣を作ります。同じ種類の雄は、他の種類の雄を攻撃して追い払うという性質があります。同じ大きさの模型を使った実験では、底が赤く塗られていれば、形が大雑把でも雄は激しく攻撃してきました。例え非常によく出来た模型でも、腹が赤く塗られていなければ攻撃してきません。雄の神経系は腹部の赤色を取り込んで、攻撃的な行動を取るようになりました。腹部の赤色は、攻撃的な行動を取らせる最大の原因です。

 
トゲウオの求愛行動

 ある行動が、相手の次の行動の重要なきっかけとなり、行動の連鎖が始まり、複雑な行動をとる場合もあります。お腹を膨らませた雌のトゲウオが巣に近づくと、雄は求愛の意味を込めて「ジグザグダンス」と呼ばれるダンスをします。雌のお腹が膨らんでいるのがこの行動をさせる主な理由です。

 雌は雄がジグザグダンスを見ると、背筋を伸ばして雄の求愛に応えます。そして、雄は雌を巣に連れて行き、口先で巣の中を案内します。それを見た雌が巣の中に入ると、雄は口の先で雌の尾をつつきます。そうすると雌は卵を離し、雄は巣の中に入って卵に精子をかけます。雄は卵のある巣に傷があれば直し、卵に十分な酸素が行き渡るように鰭で水を動かして、受精卵の面倒を見ます。

セグロカモメのつつき行動 編集

 
雛のために餌を吐き出すセグロカモメの親鳥

 セグロカモメの雛は、親鳥の黄色い嘴の先に赤い点があるのを見ると、赤い斑をつついて、親鳥に半分消化された魚を餌として吐き出してもらおうとします。この行動の鍵となる刺激は、外界の情報からもたらされ、中枢神経系の解発機構によって、嘴をつつく動作のパターンが引き起こされると考えられています。かつて本能とは、決められた動作パターンに基づいて自然に行われる行動を指す言葉でした。しかし、これらの行動は必ずしも完全に自然なものではありません。また、「本能」という言葉は分野によって意味が異なるため、動物行動学の分野では使われなくなりました。この餌ねだり行動は、習得的行動とも呼ばれ、孵化時にはありませんが、経験によって学習されます。

定位に関わる行動 編集

 動物は、光や温度、湿度などが自分に合った場所に移動したり、食べ物や異性を探そうとしたりします。定位とは、環境中の何かに反応し、一定の方向に移動する過程をいいます。定位には、刺激に向かって走るような単純な動作から、鳥が長距離を移動するような複雑な動作まであります。

走性 編集

 走性とは、光や匂い(化学物質)、音波などの刺激に反応して動いたり、感覚器官の働きで刺激と反対方向に動いたりする動物の行動をいいます。刺激に向かって動くのが正の走性、刺激から遠ざかるのが負の走性です。刺激の種類によって、光走性・化学走性・音波走性などといいます。

 体の両側に感覚器官を持つ動物は、左右の刺激の強さを比較しながら、どちらに動くべきかを考えます。プラナリアの単眼視細胞は、開口部がそれぞれ前方と左右に向いており、片側から来た光はどちらかの単眼にしか入らないようになっています。プラナリアには負の光走性があり、脳は2つの単眼からの光刺激による活動電位の周波数を比較して、両方の単眼で周波数が同じになるように体の向きを変え、光刺激が弱くなるようにしています。

フェロモン 編集

 
カイコガ

 カイコガの雄は、雌と交尾したい時、雌が出す匂いに引き寄せられます。この場合、刺激は化学物質なので、刺激源に向かう動きを正の化学走性といいます。カイコガなどの動物は、それぞれの情報をやりとりするために、様々な化学物質を体の外側に付着させています。フェロモンとは、体内から放出される化学物質をいい、仲間に決まった行動をさせる効果を持ちます。フェロモンには、異性を引き寄せる性フェロモン、仲間を集める集合フェロモン、敵が襲ってきたら仲間に知らせる警報フェロモン、餌の場所を仲間に知らせる道標フェロモンなど、様々な種類があります。昆虫では多くの例がありますが、哺乳類でも見られます。カイコガの雄は、雌からのフェロモンの匂いを嗅ぐと、羽ばたきながらフェロモンの元を探します。しかし、自然界では、風があると匂い物質が塊になって広がり、しかもその広がり方が刻々と変化します。そのため、匂いのする場所に真っ直ぐ移動出来ません。

 カイコガの雄は、交尾の準備が整うとフェロモン刺激の方向へ直進歩行するようになります。フェロモン刺激がなくなると、カイコガは小さなターンから次第に大きくなるジグザグターンを繰り返し,回転歩行に移行します。再びフェロモン刺激に反応したカイコガは、直進歩行→ジグザグターン→回転歩行をして、フェロモンの発生源にたどり着きます。

 多くの昆虫は触角で匂いを感じ取ります。カイコガの雄は、櫛のような触角を持ち、腹側に枝分かれしています。触角の側枝は、毛状感覚子と呼ばれる長く突き出た構造で覆われており、多くの小孔が開いています。雄の毛状感覚器には嗅細胞があり、同種の雌からのフェロモンにのみ強く反応します。

 領域では、嗅覚細胞がフェロモンに関する情報をやり取りしています。この情報は他の感覚情報と組み合わされて処理されて、フェロモンの発生源探索行動がこれらの領域に指令されます。この指令は、脳から胸神経節へ、左右の神経節を縦断する介在ニューロンという神経細胞から送られます。胸神経節には、ジグザグ運動から回転歩行へと体を動かす神経回路があります。フェロモン刺激は、この神経回路に行動指令を送る介在ニューロンの興奮を交互に起こしたり止めたりしています。フェロモン刺激を受け付けなくなった時点の興奮状態は、次のフェロモン刺激を受け付けるまで維持されます。この介在ニューロンが、ジグザグターンや回転歩行などの定型的運動パターンを引き起こすと考えられています。一方、直進歩行は、別の介在ニューロンの指令によって起こると考えられています。

気流を利用した行動 編集

 
ヒキガエル

 ヒキガエルはコオロギなどの昆虫を捕まえて食べようと、素早く舌を伸ばしています。しかし、虫はヒキガエルの舌が来ると気流の変化で分かるので、違う方向へ逃げようとします。舌の動きで気流を作り、ヒキガエルの舌より先に昆虫に到達させます。これで昆虫は逃げられます。気流を感知する感覚器は、コオロギの腹部の先端から左右に長く突き出た尾状葉にあります。尾葉にはたくさんの感覚毛があります。毛が倒れると、毛の根元にある感覚神経が興奮します。毛はそれぞれ違う方向に倒れやすいので、どこから風が吹いても、感覚毛のどれかが反応します。風速が速い時は長い感覚毛が倒れやすく、風速が変わると短い感覚毛が倒れやすくなります。

 感覚毛は、腹部末端神経節に情報を送ります。そこの神経細胞は感覚情報を組み合わせて、風の向きや強さを判断します。その情報は、巨大な介在神経を構成する太い軸索によって、すぐに胸部神経節に送られます。そこから手足の運動神経に信号が送られます。しかし、気流の変化に反応するだけでは、自然の風の変化にも逃げてしまいます。カエルの舌が向かって素早く動くと、気流の速度に大きな変化が生まれます。そのような時にしか反応しないのはこのためです。感覚毛には、流速のセンサーである長い感覚毛と、気流の速さの変化のセンサーである短い感覚毛の両方が存在します。神経系はこれらの情報をもとに、逃げるのかどうか、どの方向に逃げるのかを判断しています。流速センサーは気流変化センサーよりも感度が高いので、まず空気の流れが近づいているのを感じ取って準備をし、気流速度が変化した時に、ヒキガエルの舌が急に近づいてくるので逃げようとします。

音を利用した行動 編集

 夜間の蝙蝠は超音波を出し、反射波から昆虫などの形や距離、方向、速度などを判断しています。水中で生活し、暗かったり濁っていたりしていてよく見えなくても魚を捕まえる海豚も、この方法を利用しています。

 夜間に飛ぶ蛾の中には、蛾を食べる蝙蝠が出す超音波を聞き分けられる個体もいます。蝙蝠は反射波を聞かなければ蛾を見つけられないので、蛾は蝙蝠より先に蝙蝠の存在を確認出来ます。蛾は超音波を浴びると、羽をたたんで下に潜ります。そのため、蝙蝠は蛾の行き先を予測しにくくなります。

 雛を持つ雌の鶏は、聴覚的かぎ刺激にでしか救いません。何度も目の前で襲われていても、雛が「悲鳴」をあげるまで救いません。弱くて鳴けない雛は、「無視」されて、踏みつけてしまう場合もあります。逆に、雛の悲鳴をレコーダーで記録しておけば、襲われていなくても救う場合もあります。また、蝙蝠や海豚の超音波を利用する定位は、反響定位(エコーロケーション)ともいわれます。エコーは、反響やこだまと同じ意味です。

太陽を利用した行動 編集

 
円形ダンス

 蜜蜂は、蜜や花粉を求めて約100キロ平方メートルの範囲を移動します。採餌蜂は良い場所を見つけると、巣箱に戻り、特別なダンスをします。餌場が50メートルから100メートル離れている場合、他の蜂に知らせるために円形ダンスをします。餌場の位置(方向と距離)が遠い場合、尻振りダンス8の字ダンス)を踊って他の蜂に知らせます。

 
尻振りダンス(8の字ダンス)

 尻振りダンス(8の字ダンス)は、腹部を左右に動かして音を出す尻振り走行と羽を振って音を出し、体の周りを半周しながら元の位置に戻ってくる走行があります。尻振りダンスでは、直進する方向が餌場の方向を示しています。また、尻振り走行の時間は、餌場までの距離を示しています。屋外の水平面では、尾の振り方で餌場の方向を示します。ところが、暗い巣箱の中の垂直な巣板では、太陽の方向が垂直な巣板の上がり方に置き換わります。つまり、太陽に対する餌場への角度は、尻振り走行の真上と真下の方向(鉛直方向)と太陽間の角度になります。採餌蜂の行動に追従する蜂(追従蜂)は、尻振りダンス(8の字ダンス)による気流の振動や蜂についた花の匂いに気づき、餌場への行き方を教えてくれます。

 蜜蜂の触角には、気流の振動や花の匂いを感知する受容体があります。この受容体からの情報は、触角の神経によって脳の介在ニューロンへと伝えられます。脳の介在神経細胞は、気流の振動の刺激と匂いの刺激との相互作用によって、暗い巣の中でも情報を得られるような仕組みになっています。この情報をさらに脳内の神経回路で処理すると、追跡蜂の尻振りダンスの情報が読み取れると考えられています。

 蜜蜂は、1匹の女王蜂と数千から数万匹の雌の働き蜂、数百匹の雄の働き蜂からなる集団で暮らす社会性昆虫です。このように、働き蜂は年をとると、蜜蜂の群れを維持するために手分けして働くようになります。一般に、孵化したばかりの働きバチは幼虫の世話をします。そして、大きくなって記憶力や学習能力が高まると、巣を出て周りの景色や目印を覚えたり、食事の場所を探したり、蜜や花粉を巣に運んだりします。餌場が良かったら、尻振りダンス(8の字ダンス)をします。餌を探しに出かける働き蜂には、採餌を制御する遺伝子が多く存在しています。この遺伝子を変化させると、若い働き蜂が餌を探しに出かけるようになります。この変化が正常なら、環境が変わったり、蜜蜂が成長したりした時に起こるようにプログラムされていると思われます。

 季節が変わると、場所によって様々な花が咲きます。その時、よい餌場が簡単に見つかるとは限りません。また、花蜜の量や質も時期や時間を通して変化します。蜜蜂は、数千から数万匹の群れを養うために必要な大量の蜜を手に入れるため、尻振りダンスで仲間に知らせます。巣箱の南北に餌場を設置して、低濃度のスクロース水溶液と高濃度のスクロース水溶液をそれぞれ入れました。昼に、餌場に来た採餌蜂の数を数えました。その後、北と南の餌場の濃度を入れ替えると、高濃度のスクロース水溶液の餌場に行く採餌蜂が増えました。つまり、尻振りダンスは環境の変化に素早く対応するので、より多くの採餌蜂をよい餌場に集めて、生存と繁殖をしやすくしていると考えられます。

 蜜蜂とその近縁種には、マルハナバチ類、ハリナシバチ類、シタバチ類、蜜蜂類の4種類がいます。彼らの共通の祖先は、採餌蜂が採餌行動を促すフェロモンを分泌して翅や胸部を動かしながら、良い餌場を見つけては巣に戻るという原始的なダンスを覚えたと考えられています。そして、蜜蜂類と共通の祖先を持つマルハナバチ類の仲間は、胸部振動の長さと回数で餌場の質を示す招集ダンスを手に入れました。ハリナシバチの中には、フェロモンを使って蜂に餌場を知らせる種類もいます。このフェロモンは、採餌蜂も引き寄せてしまいます。また、蜜蜂類は尻振り走行の方向で餌場の方向を示し、尻振り走行の長さで餌場までの距離を示す尻振りダンス(8の字ダンス)を身につけたと考えられています。

太陽コンパス 編集

 太陽は東から昇り、西に沈みます。日中に移動する鳥達は、太陽の位置を利用して、目的地までどの方向に飛べばよいか考えます。このように、太陽コンパスでは、太陽がどこにあるかで進路を決めています。太陽の位置は一日中変化しているので、鳥は時間帯によって太陽の向きを調整しながら、どの方向に移動すればよいかを考えています。これは、生物時計(体内時計)と呼ばれる仕組みで実現しています。一方、夜間に移動する鳥は、北極星とその周りの星で出来た星座コンパスを使って、方向を決めています。また、空が曇って太陽や星が見えない時、駒鳥や鳩は地磁気コンパスとも呼ばれる地磁気分布パターンを使って自分のいる場所を確認していると考えられています。

 飛び立つ時期になると、籠の中のホシムクドリは一定方向に羽ばたきます。そこで、鳥達が旅立つ時に、同じ間隔に並んでいる6つの窓から日光が入るような檻に入れました。しかし、それぞれの窓には鏡がついていて、鏡の向きで檻に入ってくる光の向きを変えられます。鏡によって太陽の光の向きが変わると、ホシムクドリは頭の向きを変えて、羽ばたきます。このように太陽コンパスは移動の方向を把握するために使われています。

ここに注意! 編集

  1. ^ 東京書籍の教科書では「メカニズム」と記していますが、この言葉が大学一般向けの用語で難しいため、本wikibooksでは「仕組み」と記述しました。