法学民事法コンメンタール民法第2編 物権 (コンメンタール民法)

条文 編集

占有の性質の変更)

第185条
権原の性質上占有者に所有の意思がないものとされる場合には、その占有者が、自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、又は新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始めるのでなければ、占有の性質は、変わらない。

解説 編集

概要 編集

占有の性質を変更し、他主占有を自主占有にする際の方法について定義した条文である。

占有はその所有の意思の有無から以下の二つの種類に分けられる。(注 占有の分類の仕方は他にも多数ある。)

  • 自主占有  所有の意思をもって行なう占有(例:売買の買主、窃盗犯の占有はこれに当たる。)
  • 他主占有  所有の意思のない占有(例:賃借人、受寄者などの占有はこれに当たる。)

本条文の意義 編集

自主占有は多くの場合、他主占有よりも占有者に有利な法律効果をもたらす事が多く、以下に関する法律行為で法律要件となっている。特に時効取得においては、自主占有の開始時が時効の起算点となるため、裁判上でもよく争われる。

さて、占有者(売買の買主、窃盗犯、賃借人、受寄者など)が上記の法律行為の適用を望む場合、自主占有である事が必要である。しかし「ある占有が自主占有なのか他主占有なのか」は占有の意思の有無を個別に判断するのでは無く、その占有を生じさせる原因となった行為の外形によって客観的に判断される事になる(最判昭和45年6月18日判例時報六五四-五一)。つまり、売買の買主の占有であれば、その外形によって自主占有と判定され、他人物売買であろうと錯誤であろうと自主占有と判定されるし、賃借人、受寄者のほか、質権者、地上権者の占有は、他に所有者がいる事が前提になっている事を理由として、実際には所有の意思を持ってその占有を開始したとしても、その外形によって他主占有と判断される。そのため、他主占有者(賃借人、受寄者など)が上記法律行為の効果を望む場合、他主占有として始まった占有が自主占有に性質変更できるかが問題となる。この条文は占有の性質変更を二つの方法で認めたものと解する事ができる。

占有の性質変更の方法 編集

  1. 自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示する事
  2. 新たな権原により更に所有の意思をもって占有を始める事。

上記1の方法で占有の性質を変更する場合の例としては、賃借人が賃貸人に対して以後自分の為に占有をする旨を告げる事などがあげられる。上記2の例としてはある土地の地上権者がその土地を買い取って、「売買の買主としての地位」ないし「権原」を新たに取得する事があげられる。

論点 編集

この条文についての学説や判例は以下の二つについてなされたものが多い。

  1. 相続が条文中の「新たな権原」に入るか否か。
  2. 性質変更によって自主占有を開始し、時効取得に至った時の「所有の意思(自主占有である事)」の立証責任は誰にあるか。

参照条文 編集

判例 編集

  1. 占有回収等請求(最高裁判決 昭和45年6月18日)
    占有における所有の意思の有無の判断基準
    占有における所有の意思の有無は、占有取得の原因たる事実によつて外形的客観的に定められるべきものであるから、賃貸借が法律上効力を生じない場合にあつても、賃貸借により取得した占有は他主占有というべきである。
  2. 所有権移転登記手続等本訴ならびに土地建物所有権確認反訴請求(最高裁判決 昭和46年11月30日)民法第896条
    相続と民法185条にいう「新権原」
    相続人が、被相続人の死亡により、相続財産の占有を承継したばかりでなく、新たに相続財産を事実上支配することによつて占有を開始し、その占有に所有の意思があるとみられる場合においては、被相続人の占有が所有の意思のないものであつたときでも、相続人は民法185条にいう「新権原」により所有の意思をもつて占有を始めたものというべきである。
  3. 土地所有権移転登記手続等請求(最高裁判決 昭和51年12月2日)民法第162条
    所有者の無権代理人から農地を買い受けた小作人が新権原による自主占有を開始したものとされ右占有の始め過失がないとされた事例
    甲所有の農地を小作し、長期にわたり右農地の管理人のように振舞つていた乙に小作料を支払つていた丙が、甲の代理人と称する乙から右農地を買い受け、右買受につき農地法所定の許可を得て所有権移転登記手続を経由し、その代金を支払つた等判示の事情のもとにおいては、丙は、乙に甲を代理する権限がなかつたとしても、遅くとも右登記の時には民法185条にいう新権原により所有の意思をもつて右農地の占有を始めたものであり、かつ、その占有の始めに所有権を取得したものと信じたことに過失がないということができる。
  4. 土地所有権確認等、同反訴請求(最高裁判決 昭和52年3月3日)民法第162条,農地調整法(昭和26年法律第89号による改正前のもの)4条
    農地の賃借人が所有者から右農地を買い受けたが未だ農地調整法4条所定の知事の許可又は農地委員会の承認を得るための手続がとられていない場合と新権原による自主占有の開始
    農地の賃借人が所有者から右農地を買い受けその代金を支払つたときは、農地調整法四条所定の都道府県知事の許可又は市町村農地委員会の承認を得るための手続がとられなかつたとしても、買主は、特段の事情のない限り、売買契約が締結されその代金が支払われた時に、民法185条にいう新権原により所有の意思をもつて右農地の占有を始めたものというべきである。
  5. 土地所有権移転登記手続(最高裁判決 平成8年11月12日)民法第162条民法第186条1項,民法第187条1項,民法第896条
    1. 他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合における所有の意思の立証責任
      他主占有者の相続人が独自の占有に基づく取得時効の成立を主張する場合には、相続人において、その事実的支配が外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解される事情を証明すべきである。
    2. 他主占有者の相続人について独自の占有に基づく取得時効の成立が認められた事例
      甲が所有しその名義で登記されている土地建物について、甲の子である乙が甲から管理をゆだねられて占有していたところ、乙の死亡後、その相続人である乙の妻子丙らが、乙が生前に甲から右土地建物の贈与を受けてこれを自己が相続したものと信じて、その登記済証を所持し、固定資産税を納付しつつ、管理使用を専行し、賃借人から賃料を取り立てて生活費に費消しており、甲及びその相続人らは、丙らが右のような態様で右土地建物の事実的支配をしていることを認識しながら、異議を述べていないなど判示の事実関係があるときは、丙らが、右土地建物が甲の遺産として記載されている相続税の申告書類の写しを受け取りながら格別の対応をせず、乙の死亡から約15年経過した後に初めて右土地建物につき所有権移転登記手続を求めたという事実があるとしても、丙らの右土地建物についての事実的支配は、外形的客観的にみて独自の所有の意思に基づくものと解するのが相当であり、丙らについて取得時効が成立する。

前条:
民法第184条
(指図による占有移転)
民法
第2編 物権

第2章 占有権

第1節 占有権の取得
次条:
民法第186条
(占有の態様等に関する推定)
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