「高等学校日本史B/平安遷都と政治改革」の版間の差分

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桓武天皇の死後、平城天皇(へいぜいてんのう)、つづいて809年に'''嵯峨天皇'''(さがてんのう)になった。
 
:※ 社会の変化により、従来の家柄や血筋による人事制度がうまく機能しなくなったため、嵯峨天皇らは、従来の官職を残しつつも、新たに、家柄にとらわれない新設の官職も設置して活用した。<br><br>
 
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嵯峨天皇は、あらかじめ蔵人所(くらうどのところ)を設置し、機密をあつかった。
蔵人所の長官を'''蔵人頭'''(くらうどのかみ)という。
'''蔵人頭'''(くらうどのかみ)には、藤原冬嗣(ふじわら ふゆつぐ)らが任命された。
 
 
また、京都の治安維持・警察をつかさどるために'''検非違使'''(けびいし)を置いた。
 
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(823年に嵯峨天皇は、つぎの天皇に皇位をゆずって退位する。)
 
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(842年、嵯峨 元天皇が死没。)
 
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