「高等学校歴史総合/満州事変」の版間の差分

小学校社会 6学年 上巻 2015年11月6日 (金) 16:14 より、宋美齢について。
(中学校社会 歴史/満州事変 2015年11月16日 (月) 04:34‎ の内容と合流。)
(小学校社会 6学年 上巻 2015年11月6日 (金) 16:14 より、宋美齢について。)
 
こうして、第一次大戦後の国際体制の「ワシントン体制」は崩壊(ほうかい)していった。
 
 
== 蒋介石の外交宣伝 ==
[[File:1943 Wellesley College speech poster.jpg|thumb|宋美齢(そうびれい、ソン・メイリン)]]
日本の外交は、この時期に、国際的に孤立していく。いっぽう、裏をかえせば、中華民国の国際社会での発言力が強まっていくということでもある。中華民国の外交が、たくみだったということである。たとえば蒋介石は、1928年には、キリスト教徒としての洗礼を受けている。もちろん、外交を有利に進めるためにキリスト教の洗礼をうけたにすぎない。アメリカやイギリスなど欧米の、おもな宗教はキリスト教だから、とうぜん欧米のキリスト教徒は、蒋介石への親近感が、わくことになる。しかも、蒋介石の妻(つま)の宋美齢(そうびれい、ソン・メイリン)は、おさないころからアメリカに留学しており、彼女はアメリカの名門女子大を卒業しているキリスト教徒であった。この宋美齢が、アメリカの教会で、けなげに中華民国をかばい、日本を批判する主張などをしていた。とうぜん、アメリカのキリスト教徒は中華民国に親近感が、わいていく。
 
中国の外交における宣伝(せんでん)は大胆(だいたん)であり、日本の役人的な文化交流や宣伝などとは、中国は大違いであった。日本は外交宣伝の分野では、おくれをとっていた。
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