羅馬史略/巻之五/塞撒不列顛ヲ進略スル事
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羅馬史畧 卷之五
塞撒不列顛ヲ進畧スル事
はじめに
編集ここに示すのは、紀元前55年から紀元前54年にローマの政治家・武将ユリウス・カエサルがブリタンニア(現在のイギリス)の征服戦争(ローマによるブリタンニア侵攻)を起こした記事である。塞撒ガ髙盧ヲ征伐スル事(カエサルがガリアを征伐する事)の内容的な続きに当たる。
- 固有名詞の表記例
- 人名
- 地名
原文と修整テキスト
編集下表の左欄に原文を、右欄に修整テキストを示す。
修整テキストは、原文をもとにして漢字・仮名づかいなどの表記をより読みやすいように修整したものである。
底本では、固有名詞などに傍線を付しているが、一部を除いて省略した。
赤い文字は、端末の環境(OSやブラウザー)によっては、文字化けするなど、正しい字体で表示されない場合がある。
塞撒不列顛ヲ進畧スル事 紀元前五十五年ニ起ル |
紀元前五十五年に起る |
塞撒ハ、髙盧ニ在テ、其猖獗ナル諸部𫞀ヲ征平スルニ、久シク歳月ヲ費セリト雖𪜈、嘗テ其不列顛ヲ進畧セントスルノ𫝹ヲ忘レズ、因テ、軍僃成ルニ及ンデ、乃チ兵舩數隻ヲ聚メ、一隊ノ兵ヲ帥ヰテ、カライストデールノ間ナル狹小海峽ヲ渡レリ、此地ハ、髙盧ヨリ不列顛ニ踰ユルニ、最モ近キ海路ナリ、 | |
島人、敵兵ノ近ヅクヲ見ルヤ、皆海濵ニ群進ス、其人、身ニハ、獸皮ヲ衣テ、膚ハ青藍ヲ以テ種々ニ着色セル兇猛粗野ノ蠻奴ナリ、 | 島人、敵兵の近づくを見るや、皆海浜[19]に群進す、 |
然レ𪜈、塞撒ハ、久シク野蠻ノ戰爭ニ熟慣セルニ因リ、島人力戰シテ拒クト雖𪜈、竟ニ敗テ上陸セリ、 | |
然レ𪜈、此苐一役ハ、忽ニシテ軍ヲ班ヘセリ、蓋シ、島中ノ部𫞀中ニ、羅馬ニ降レル者アリト雖𪜈、此歳、既ニ殘臘ニ及ベハ、塞撒モ、竟ニ延滯長驅スルヲ恐ルヽガ故ニ、乃チ先ヅ帥ヲ髙盧ニ旋ヘシ、此邉外遼遠ノ一島國ニ入テ、猖獗ナル野蠻ヲ征セル苐一着ノ人タルヲ以テ、暫ラク自ラ慰諭セリト云、 | |
明年ニ至テ、塞撒ハ、再挙シテ、前役ノ地ニ上陸シ、更ニ進テ、 |
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塞撒ハ兵ヲ帥ヰ、深ク進テ、今ノスルレート唱フル地ニ到リ、 |
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然レ𪜈、塞撒ハ破テ之ヲ踰エ、河ヲ渡テ、加息威樓納ノ都城ヲ𨺻レ、エッセックス、ミッドルセックスノ地ノ大半ヲ平ゲタリ、 | |
是ニ於テ、加息威樓納モ、終ニ和ヲ乞フノ利ナルヲ悟リ、塞撒モ亦髙盧ニ旋軍セザルヲ得ザル事アリシカバ、乃チ和ヲ許シ、歳貢ヲ督シ、質子ヲ取テ、乃チ髙盧ニ歸陣セリ、 | |
然レ𪜈、更ニ鎮撫ノ一兵ヲ止メザリシカバ、島人ハ、其羅馬人ノ目前ヲ去ルヤ、直チニ又之ヲ叛ケリ、是レ其理ノ固ヨリ然ルベキ𫝂ナリ | |
現代語訳
編集- ^ カエサルは、ガリアにおいて、当地の獰猛なる諸部族を武力で平定するために長い年月を費やしたが、ブリタンニアに進軍して攻め取るという思いを忘れることはなかった。よって、(十分な)軍備が整えられると、多くの軍船を集め、軍を率いて、(現在のフランスの)カレーと(現在のイギリス南東部の)ディールの間の狭い(ドーバー)海峡を渡った。この地は、ガリアからブリタンニアに渡航するのに最短の海路である。
- ^ その島の人々は、敵兵たち(ローマ人)が近づいてくるのを見ると、(ローマ勢の上陸を阻止するために)海浜に大挙して駆け寄った。彼ら(ブリトン人)は、獣の皮を身にまとい、皮膚に
青藍 色(の入れ墨)をもっていろいろと着色している、荒々しく猛々 しい粗野な野蛮人たちである。 - ^ しかしながら、カエサルは、長い間、野蛮人たちとの戦争に慣れて巧みであったので、島民たちは力を尽くして防戦したのであるが、(カエサルの軍勢は)ついに撃破して上陸したのであった。
- ^ しかしながら、この一回目の戦役は、たちまちのうちに軍勢を帰還させた。思うに、(ブリテン)島の部族の中にはローマ人の軍門に降る者たちもいたといえども、この年もすでに残りわずかとなっていたので、カエサルもとうとう軍事行動をぐずぐず長引かせて遠くまで遠征を続けてしまうことを危惧したので、軍を率いて凱旋した。このはるかに遠い辺境の一つの島国に入って猛々しい野蛮人たちを征服した最初の人であることをもって、自らを
慰 め諭 したという。
脚注
編集- ^ 「カエサル」は現代中国語(繁体字)では「凱撒」と表記される。
- ^ 英語の Gaul の仮名読み。「ガリア」は現代中国語(繁体字)でも「高盧」と表記される。
- ^ 不列顛 は漢語。
- ^ 4.0 4.1 「猖獗」(しょうけつ) とは「悪い事がはびこること」あるいは「荒々しい事。猛威を振るう事」
- ^ 5.0 5.1 𫞀( ):「𫞀」は「族」の俗字(異体字)であるから、「族」に書き換えた。
- ^ 6.0 6.1 6.2 6.3 6.4 𪜈( ):「𪜈」は「とも」を表わす合略仮名なので、「とも」または「ども」と書き換えた。
- ^ 底本では、「嘗」の異体字の一種を用いていると思われる。(𠹉) - GlyphWikiを参照。
- ^ 畧→略:異体字の書き換え。
- ^ 𫝹( ):「𫝹」は「念」の異体字(俗字)なので、書き換えた。
- ^ 僃 :「僃」は「備」の異体字なので、書き換えた。
- ^ 數→数:旧字体→新字体の書き換え。
- ^ 「ヰ(ゐ)」→「い」:旧仮名遣い→新仮名遣いの書き換え。
- ^ 「カライス」とは、フランスの「カレー」(Calais) のこと。ただし、現在のパ=ド=カレー県のうち、カレー市周辺は当時は海底であったと考えられている。カエサルは、カレー近郊の現在のブローニュ=シュル=メール辺り、翌年には近辺のイティウス・ポルトゥス(Itius Portus)辺りから出帆したと考えられる。
- ^ 「デール」とは、イギリス南東部ケント州のディール(Deal)のこと。カエサルが最初に上陸した地点と考えられている。
- ^ 狹→狭:旧字体(正字)→新字体の書き換え。
- ^ 峽→峡:旧字体(正字)→新字体の書き換え。
- ^ 踰:底本では の字体を用いているが、端末の環境(OSやブラウザー)によっては のように表示される場合がある。
- ^ 「踰ゆる」=「踰える」 は「渡る」に同じ。
- ^ 濵:「濵」 は異体字の「浜」に書き換えた。
- ^ 獸→獣:旧字体(正字)→新字体の書き換え。
- ^ 藍:底本のくさかんむりは 艹( ) であるが、端末の環境(OSやブラウザー)によって、艹( )の または 艹( )の と表示される。
- ^ 兇:「兇」 は異体字の「凶」に書き換えた。
- ^ 23.0 23.1 23.2 蠻:「蠻」 は異体字の「蛮」に書き換えた。
- ^ 24.0 24.1 底本では「然」の異体字が用いられているが、コンピューターの文字で表すことができないため、「然」で代用した。
- ^ 25.0 25.1 「然(しか)れども」=「そうではあるが」「しかしながら」
- ^ 26.0 26.1 戰→戦:旧字体→新字体の書き換え。
- ^ 爭→争:旧字体→新字体の書き換え。
- ^ 「熟慣」:「慣れて巧みなこと。」熟慣(じゅっかん)とは? 意味や使い方 - コトバンク等を参照。
- ^ 「拒(ふせ)ぐ」は「防ぐ」に同じ。
- ^ 30.0 30.1 苐:「苐」は「第」の通用字体なので、書き換えた。
- ^ 「班へす」 は「かへす(かえす)」と読む。
- ^ 「
蓋 し」は、「思うに」などの意味 [1]。 - ^ 殘:「殘」は「残」の旧字体なので、書き換えた。
- ^ 「殘臘(残臘)」 は「年末の余日」の意味。
- ^ 滯:「滯」は「滞」の旧字体なので、書き換えた。
- ^ 驅:「驅」は「駆」の旧字体なので、書き換えた。
- ^ 「帥」は「軍を率いること」
- ^ 「旋へす」 は「かへす(かえす)」と読み、「帰る」を意味する。「凱旋」(戦いに勝って帰ること)。
- ^ 邉:「邉」は「辺」の異体字なので、書き換えた。
- ^ 「遼遠」は「はるかに遠いこと」。
- ^ 國:「國」は「国」の旧字体なので、書き換えた。
- ^ 「慰諭」は「慰めて相手が理解できるように教えること」