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量子論を説明する前に、まずは量子論以前の物理学、すなわち古典物理学について簡単に触れておきます。古典物理学には、大きく分けて古典力学 (classical mechanics)、電磁気学 (electromagnetism)、統計力学 (statistical mechanics)、および熱力学 (thermodynamics)があります。

古典力学とは、物体の運動を運動量エネルギーで説明する理論です。例えば、物体の運動を通じて、惑星などの天体の動きを説明することができます。古典力学は、特に量子力学と区別して「古典力学」と呼ばれます。運動を変化させる原因となるものは、と呼ばれます。力学は、力の発生メカニズム自体には立ち入らず、電磁気的な力については電磁気学、重力については重力理論に基づいて説明されます。

一方、熱力学は、蒸気機関電池摩擦などによって生じる仕事の関係を説明する理論です。熱力学では、系全体の性質が重視され、個々の物体の運動の詳細には踏み込みません。このような系の性質は、後述する統計力学の考え方に基づく粗視化によって捉えられます。熱力学的性質の例として、温度圧力エントロピー自由エネルギーなどが挙げられます。

これらの熱力学的性質は、力学が成り立つ限り、力学的な法則に基づいて説明できるはずです。この熱力学を力学的に再現しようとする試みが、統計力学です。統計力学は、系の力学的状態を統計的に解釈し、熱力学的な特徴量が力学的な期待値として与えられることを示します。

古典力学、統計力学、熱力学は、取り扱う系の大きさや複雑さに応じて、微視的 (microscopic) と巨視的 (macroscopic) な理論に分類されます。最も詳細な物体の運動を扱う古典力学は微視的な理論であり、逆に巨視的な系を扱う熱力学は巨視的な理論に分類されます。統計力学は、その中間に位置する理論と言えるでしょう。

古典力学は、ミクロな現象にも適用可能ですが、例えばブラウン運動気体分子運動論のように、さらに微細なレベルの説明には限界があります。特に、原子電子などの振る舞いは、古典力学では説明できません。この限界を克服するために発展したのが、量子論です。

量子論は、古典力学では説明できないミクロの現象を扱う学問であり、古典力学に代わって物理学の基礎を担う重要な理論です。量子論の基本的な考えの一つとして、不確定性原理 (uncertainty principle) が挙げられます。この原理によれば、物体の位置と運動量は同時に正確に決定することはできません。つまり、古典力学のように物体の運動を連続的に追うことはできず、物体の位置や運動量の遷移として捉える必要があります。

この不確定性の理解において、波動の性質が重要です。光のような波は、その波長によって様々な性質を示します。波と粒子の二面性を考えることで、物質の運動を波として解釈する物質波の概念に行き着きます。この物質波の存在は、電子線回折二重スリット実験によって実験的に確認されています。

光の粒子性についても、光電効果コンプトン散乱といった実験によって裏付けられています。

私達は、波のような性質と粒子のような性質を併せ持っている「何か」を直接見ることはありません。電子は必ず粒子として私達の前に現れます。しかし電子が辿る軌道は、波のように互いに干渉し合います。このような性質を示すものは、幸か不幸か私達の日常世界においては全く存在しません。それでも、干渉実験を行えば実際に干渉し、衝突実験を行えば実際に衝突し、電子や光子についてその個数を数えることもできるのです。また、たとえば金属導電性磁性といった馴染み深い現象に対してすら、その背後では物質の量子的な性質が大きな役割を演じています。そういった意味で、量子力学によってはじめて理解できる現象というものは非常に多く存在します。応用面に目を移すと、化学分野において、元素周期律共有結合の物理的側面を理解するには量子力学は欠かせません。測定や分析では、走査型電子顕微鏡 (scanning electron microscope: SEM) や走査型トンネル顕微鏡 (scanning tunneling microscope: STM) のように量子現象を介した方法が数多く利用されていて、基礎研究の他に材料開発や品質管理の場面で使われています。 基礎理論の領域に戻れば、原子や原子核を構成する核子、電子のような素粒子に関する理論は、量子力学や場の量子論 (quantum field theory) を基礎とする理論であり、基本粒子の振る舞いを記述するにはなくてはならない学問です。

さて、量子力学には大きく分けて3つの等価な記述の仕方があります。最も有名で数学的にも親しみやすいものは、シュレーディンガー波動力学で、これは波動関数と呼ばれる関数をシュレーディンガー方程式と呼ばれる偏微分方程式の解として求める方法です。もう1つはハイゼンベルク行列力学で、物理量を行列として表し、その行列で表された物理量の時間的変化をハイゼンベルクの運動方程式によって記述する方法です。3つ目はファインマンによる経路積分法で、始状態と終状態の2つの時刻における状態間の遷移を汎関数積分によって与える方法です。シュレーディンガーの方法は、回折や干渉、散乱といった問題に有効であり、ハイゼンベルクの方法は定常状態間の遷移則を記述する場合に便利である、ファインマンの方法は電磁場の量子化を取り扱う場合に用いられるなど、それぞれ特徴があります。

量子力学によってその性質を端的にでも知ることのできる現象やその応用例の数々は、多くの学問がそうであるように、非常に多岐に渡るため、この本ではごく基本的なものを除いては紹介することができません。この本は、量子力学の理論がどのようなものであるか、あるいはどのように理解されていったかをあなたが知る一助となるよう、これから量子力学の世界を知る人、今まさに量子力学を学んでいる人、あるいはもっと大雑把に物理学を学ぼうとする人へ向けて書かれるものです。そのため、内容的には量子力学の基礎的な部分の説明で尽くされます。より専門的な部分については、各章末の参考文献などを参照するとよいでしょう。

また、この分野は高等教育の原子に当たります。初学者は該当教科書が理解の助けとなりますので学習に行き詰まったら参照してください。

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