高等学校公共/新しい人権[幸福追求権]Ⅲ

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 本節は、環境権について説明します。

環境権

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 綺麗な空気や水のような住みやすい環境は私達の生活に欠かせません。しかし、高度経済成長の時期になると、生活環境の維持よりも経済の発展が優先されました。その結果、水俣病・四日市喘息・イタイイタイ病のような深刻な公害が発生しました。そこで、人間らしく健康で住みやすい環境を守るための権利が主張されるようになりました(環境権)。

 日本国憲法の環境権は、幸福追求権と生存権を中心に定められています。環境権は、積極的な保全運動を推進するための請求権的側面と環境破壊を防ぐための自由権的側面があると考えられています〔学説の考え方〕。ただし、環境権の環境とは何を指し、誰の権利なのかはっきりしないので、最高裁判所は環境権を正式に認めていません。

 問題が起こってから救済しても、これまでの環境・健康・生命は取り戻せません。現在、産業公害の防止・産業公害の克服・環境保護政策が求められています。このうち、環境基本法は、国・地方公共団体・企業の役割を明らかにしつつ、環境を守るために成立しました。また、ダム・空港・発電所のような大きな開発は、環境の影響をあらかじめ調べるために、環境アセスメント(環境影響評価)を行わなければなりません。環境アセスメント(環境影響評価)は、住民や地方自治体の意見を聞き、その意見を事業に反映させるために行われます。事業が始まってからも、もう一度アセスメントを行えます。一部の地方公共団体が環境アセスメント(環境影響評価)を条例で定めていました。1997年、環境アセスメント法(環境影響評価法)が法律として定められました。

 日照権・嫌煙権・景観権・入浜権などのような新しい人権は環境権とつながります。環境はそれぞれの国だけで守れません。今後、地球環境問題は、アジアを中心にますます注目されていくでしょう。

日照権
 環境権の仲間です。集合住宅・高層ビルなどが増えると、住居への日当たり・風通し・景色なども妨げられるようになりました。したがって、それらを元通りにするために、建築に何らかの規制を求めました(日照権)。良好な眺めに関しては、眺望権を独立させます。
嫌煙権
誰でも綺麗な空気を吸うような権利があります。自分が煙草を吸わないのに煙草の煙を誤って吸い込んでしまうと受動喫煙になります。嫌煙権はこのような経緯から作られました。
景観権
 美しい自然と街の景観を楽しむ権利(景観権)が住民にあります。2004年、都市農村漁村などの美しい景観を守るために景観法が定められました。
入浜権
 一部の企業が港湾施設として独占したり、埋め立てたりすると海や海岸地域を楽しむ権利(入浜権)を奪うと述べています。入浜権は環境権と結びついています。

判例

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 1960年代後半、日本でも地域住民が生活環境の保護と維持を求めるようになりました。大阪空港公害訴訟・厚木基地公害訴訟・横田基地公害訴訟・名古屋新幹線(騒音)訴訟などのように、全国各地で環境権の侵害を理由に訴えました。このような裁判は、人格権と環境権を中心に争われましたが、環境権を一切認めていません。

 このうち、大阪空港公害訴訟・国立マンション訴訟・尼崎公害訴訟・鞆の浦景観訴訟については、公共の教科書・政治経済の教科書に事案と判旨まで載っているので、解説します。

 大阪空港公害訴訟について、大阪高等裁判所は、人格権の侵害なので、飛行差止請求とこれまでの損害賠償を認めました。しかし、最高裁判所はこれからの損害賠償や夜間飛行差止請求を否定しましたが、これまでの損害賠償のみを認めました。

大阪空港公害訴訟(最高裁判所大法廷判決 昭和56年12月16日)
事案  大阪国際空港の近隣住民が、ジェット機の騒音・排気ガス・揺れなどで公害被害をもたらしているとして、損害賠償と夜間飛行の差し止めなどを求めました。
判旨  大阪国際空港の離着陸についても、運輸大臣の権限(空港管理権と航空行政権)が切れ目なく結びついていると考えなければなりません。したがって、裁判所に航空機の離着陸を差し止めるような請求は、必ず航空行政権の取消と航空行政権の再開を求める請求書を提出しなければなりません。

 周辺住民が行政訴訟を通じて損害賠償請求を行えるかどうかは関係なく、国に通常の民事上の請求として民法上の給付請求権を持っていません。このような狭義の民事訴訟の手続きを利用して、一定の時間帯に大阪国際空港で航空機の離着陸を停止するような周辺住民の苦情は、民事訴訟法の趣旨に相応しくありません。

 1988年、工場・国道・高速道路の大気汚染が健康被害を招いているとして、兵庫県尼崎市の公害認定患者とその家族が、裁判を起こしました(尼崎公害訴訟)。裁判所は、国と阪神高速道路公社の責任を認めました。国側・阪神高速道路公団側・患者側は大型車の通行制限などの改善策を約束しました。

 国立マンション訴訟について、裁判所は「景観利益」の存在を認めましたが、新しい権利「景観権」の存在を否定しました。

国立マンション訴訟(最高裁判所第一小法廷判決 平成18年3月30日)
事案  東京都国立市の地元住民が並木通りの景観を守るため、「景観権」の面から高層マンションの建設中止を求めました。
判旨  住民は良好な景観の近くに住んでいて、その恩恵を日常的に求めています。もし、その景観を壊したら、その破壊に対して同じように対抗出来ます。したがって、良好な景観を求める利益(景観利益)は、法律で守らなければなりません。
 
桐朋中学・高等学校グラウンド

 もっとも、景観利益の内容は、景観がどのような感じなのか、どのように見えるのかなどによって違います。また、景観利益は、社会の変化に左右されます。そのため、私法上の権利といえるような特別な性格を持っていません。景観利益を超えて、景観権を持っているともいえません。

 建物の建築が他の人の景観利益を壊しているかどうかは、性質・内容・地域環境・破壊行為のやり方・程度・期間などを総合的に考えて決めなければなりません。景観利益の違法な侵害と判断されるためには、次の条件が求められます。

  1. 行政法・刑法の違反
  2. 社会常識に違反したり、自分勝手にやっているのか
  3. 侵害の様子・侵害行為の程度から、社会的に認められる行為として相応しくない。

 広島県福山市の鞆の浦は、江戸時代の町並みと港をそのまま残しており、歴史的な景勝地として知られています。広島県と福山市は、港湾を埋め立て、橋を架けて道路を繋ぐ計画を立てました。しかし、地元住民がこの計画に強く反対したので、歴史的・文化的な景観を守るために裁判を起こしました(鞆の浦景観訴訟)。2009年、広島地方裁判所は鞆の浦の景観を「国民の財産」と認めました。また、景観保護のために住民側の主張を全面的に認めました。広島地方裁判所は行政側に埋め立て免許の事前差し止めを言い渡しました。結局、その計画は白紙に戻されました。

資料出所

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  • 東京書籍『新しい社会 公民』矢ヶ崎典隆ほか編著 2021年
  • 東京書籍『公共』間宮陽介ほか編著 2022年
  • 清水書院『私たちの公共 資料から考える現代社会の課題』大芝亮ほか編著 2022年
  • 清水書院『高等学校 公共 私たちがひらく未来・社会』中野勝郎ほか編著 2022年
  • 清水書院『高等学校 新政治・経済』大芝亮ほか編著 2022年
  • 第一学習社『高等学校 改訂版 現代社会』谷田部 玲生ほか編著 2017年
  • 第一学習社『高等学校 政治・経済』谷田部 玲生ほか編著 2023年
  • 実教出版株式会社『ビジネス基礎 新訂版』片岡寛ほか編著 2017年
  • KADOKAWA『大学入学共通テスト 現代社会の点数が面白いほどとれる本』村中和之著
  • KADOKAWA『改訂版 中学公民が面白いほどわかる本』西村 創著 2021年
  • 清水書院『用語集 公共+政治・経済 2023~2024年版』 大芝亮、菅野覚明ほか編著
  • 学研プラス『中学社会科用語をひとつひとつわかりやすく。 新装版』2021年
  • 東京リーガルマインド編『公務員試験Kマスター 社会科学』
  • 東京リーガルマインド編『公務員試験Kマスター 憲法』
  • TAC出版『公務員試験 過去問攻略Ⅴテキスト 社会科学 第3版』2023年
  • 資格の大原 公務員講座『テキスト 政治』
  • 東京アカデミー『大卒程度 公務員試験準拠テキスト 教養科目 ③社会科学』
  • 東京アカデミー『大卒程度 公務員試験準拠テキスト 専門科目 ⑦憲法』