高等学校歴史総合/もっと知りたい 核と原子力エネルギー

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原子力の平和利用

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 日本への原爆投下後、欧米ではすでに、原子力が持つ膨大なエネルギーを平和的に利用する方法が考えられていました。それが原子力発電という形になりました。1953年、ドワイト・デイヴィッド・アイゼンハワー大統領は国際連合総会の演説で、原子力の平和利用を推進しつつ、軍事利用を食い止めるための国際機関の設立を呼びかけました。その結果、1957年に国際原子力機関[International Atomic Energy Agency]が設立されました。

 戦後、原爆が投下された広島の市民は、核兵器をなくしたいという思いと、原子力を平和利用したいという思いの両方を持っていました。この2つの考え方は、お互い矛盾しませんでした。初めて原子力の被害を受けた広島こそ、原子力の平和的恩恵を受ければよいという声が上がり、広島市内に原子炉を建設しようという動きも出てきました。1955年、日本とアメリカは日米原子力研究協定を結びました。その結果、アメリカから日本に濃縮ウランの貸し出しが認められました。ほぼ同時期に制定された原子力基本法では、「民主」「自主」「公開」の三原則に基づかなければならないと定められました。この法律から、原子力の研究・開発・利用は平和目的に限定するようになりました。1956年4月、茨城県東海村に原子力研究所の開設を決定しました。1957年8月、臨界実験に成功すると、日本で初めて「原子炉の火」が点きました。

原子力エネルギーの普及と課題

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 現在、原子力エネルギーは世界中で平和利用されており、各地で原子力発電所が建設されています。2度の石油危機を経験したため、石油の代替エネルギーとして原子力発電が世界で注目されるようになりました。フランスは1970年代から原子力発電所の建設を推進してきました。フランスが目指しているのは、「エネルギーの独立」です。現在でも、フランスは電力の約70%を原子力発電所から賄っている上、近隣諸国にも電力を送っています。

 しかし、アメリカでスリーマイル島原発事故(1979年)、ソビエト連邦でチェルノブイリ原発事故(1986年)、日本も福島第一原発事故(2011年)が起こり、ヨーロッパ各国は原子力・エネルギー政策の大きな転換を迫れられました。スウェーデン・イタリア・オーストリアでは、国民投票によって脱原発が決定されました。ドイツでは、1990年代から脱原発の動きが加速して、2022年末までに全ての原子力発電所を廃止する方針を固めました。この動きと並行して、ドイツでは風力や太陽光などの再生可能エネルギーの利用を拡大しつつ、国民に省エネルギーを呼びかけています。

 一方、2011年以降、世界の原子力発電量は増えています。中国を中心としたアジアやロシアでも、新しい原子力発電所を建設して、電力を送り始めようとしています。今後も世界中で原子力の平和利用が進むと予想されます。