高等学校歴史総合/8月15日とそれぞれの「終戦」

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 夏の甲子園(全国高校野球選手権大会)で、8月15日の正午に試合が中断され、皆が黙って立っているのをご覧になりませんか?日本では、8月15日は戦争で亡くなった人達を追悼して、平和を祈る日となっています。8月15日は、なぜこのような特別な日になったのでしょうか?

1945年8月15日 第二次世界大戦の終結 編集

 1945年8月14日に「終戦の詔書」が発表され、1945年8月15日正午にラジオで天皇陛下が自ら読み上げる録音が流れました(玉音放送)。「終戦の詔書」は、ポツダム宣言を日本が受け入れ、第二次世界大戦の終結を皆に知らせるための天皇陛下の命令でした。残された多くの下書きを見ると、この文章が何度も変えられています。1945年8月15日、新聞各紙は「終戦の詔書」を掲載しました。

「終戦」をむかえた人々 編集

蜂谷道彦『ヒロシマ日記』
 私は雑音で全く聞き取れないラジオ放送を、ぼんやり聞いていました。国民総決起の雄叫びかと思っていたら、天皇の玉音放送でした。それも皇室からの降伏命令でした。あまりの突然の出来事に、衝撃を受けました。こっそりと病院へ戻りました。飲み物を飲みながら、「戦争に負けたんだ」とベッドに腰を下ろしました。病室が一気に静まり返りました。戦争に負けたと聞いて、私達はみんな驚きました。突然、誰かがおかしくなったような大声で叫びました。「こんな形で負けてたまるか!」と。そして、「今さら負けてたまるか」「人を騙すのもいい加減にしろ!」「負ける位なら死んだ方がましだ」と言い出しました。

 8月14日から8月15日にかけて、世界中の人々が終戦のお知らせを聞きました。上の資料『ヒロシマ日記』から、終戦をどのように感じていたかが伝わってきます。

まとめ 編集

 資料から、どんな歴史を学べたでしょうか。8月15日はどんな日になると思うか考えてみてください。