高等学校 地理探究/村落と都市

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本ユニットでは、集落はどうして出来てきたのかを解説します。

集落の成り立ち

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集落の立地条件

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 人々が一定の場所に集まり、居住しながら社会的な生活をする空間を集落といいます。集落は村落都市の2つに区分されます。

職業分布
 村落では、人口が少なく人口・家屋密度も低く、農業や漁業などの第1次産業従事者が大多数を占めています。反対に、都市では、人口が多く人口・家屋密度も高く、製造業などの第2次産業や商業・サービス業などの第3次産業の従事者が大多数を占めています。

 世界各地の様々な村落は、いずれも居住村落の機能のための家屋だけでなく、生業や社会生活のための施設をも含んでいます。農業を営む場合には、家畜・農機具・飼料・肥料・収穫物などを納めたり、作業をしたりする畜舎や納屋、倉や中庭などが必要です。また、生活や共同作業のために共同体(コミュニティ)が形成され、祭りなどの行事も行われます。このため、寺社・教会・集会所なども重要な施設です。住居やこれらの施設のほか、それぞれの農業経営に合わせた区画の農地や、そこへの道路や用水路なども整備されなければなりません。

 漁業を中心とする村落では、港や船着き場を中心にして多くの住居が密集しています。こうした漁村や、林業を生業の中心とする山村でも、自家で消費するための自給的な農業を行っており、乏しい平地に小規模な農地が見られます。

自然条件

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木曽川・長良川・揖斐川が合流する濃尾平野では、水害を防ぐために周囲を提防で囲んだ集落がつくられ、輪中集落とよばれてきました。

 現在、集落はどこにでもみられるように思われますが、歴史的にみると、一定の規則性をもって特定の場所に立地してきました。村落は、生活や農業・漁業などの仕事の場となるため、立地は自然条件に大きく左右されます。まず、生活には水が欠かせないため、立地に選ばれるのは川や泉のほとりがほとんどでした。河川下流部の海岸付近、山麓部、扇状地の扇端部に集落がみられるのも水が得やすいためです。さらに、生活環境としては高低差の少ない方が適しているため、平坦地に人口が密集するようになりました。一方、低地では、水害を避けるために自然堤防や盛り土をした土地などが選ばれます。濃尾平野の輪中集落などは、周囲に堤防を作って水害を克服してきました。また、農業には気候条件も欠かせないため、村落は、極度に乾燥した地域や寒冷な地域を避けてつくられています。世界に目を向けると、北半球の温帯の山間地では、日射量の多い南向きの日なた斜面に立地した集落もみられます。一方、砂漠やその周辺部の乾燥地域では、外来河川の付近や、地下水が豊富に得られるオアシスなどに早くから集落が発達しました。ヨーロッパの場合、人口分布の粗密は、農耕活動に深く関わってきたオーク林の北限である北緯60度を境としています。

オーク林
 落葉広葉樹のナラ類の樹林をいいます。落葉が腐植層をつくり、やや肥沃な褐色森林土壌が発達します。オーク材は建築材や家具に利用されます。

社会条件

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 人や物の交流が活発になるにつれて、集落の立地には、社会条件が強く影響するようになりました。例えば、物資の交易点となる山地と平野とが接する場所や、主要交通路沿い、重要な道路の交わるところなどには、数多くの集落が発達しました。関東平野の周辺部にみられる谷口集落は、その典型です。

 内陸アジアの遊牧地域と農耕地域とが接する場所の近くにも、両者の交易によって発達した集落がみられます。外敵や疫病から身を守るため、丘陵や高台に発達した丘上集落も見られます。さらに、ヨーロッパのように水上交通の発達した地域では、河川の合流点や河口部などに大規模な集落が発達しました。

 やがて農業や漁業を主とする集落だけでなく、商業や政治などの新たな機能をもった集落も発達するようになりました。これらの集落は、周辺の地域への影響力を次第に強めるようになり、多くの人口を抱える中心集落に成長していきました。多くの集落は、一般に、これらの自然条件と社会条件が組み合わさって立地しています。

村落の形態と機能

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 村落は、家屋の分布形態によって、大きく集村散村とに分けられます。歴史の古い地域では、田植えや稲刈りなどの共同作業が多いため、村落共同体のまとまりで居住するのが適していました。そうした人々が家屋を密集させて居住するようになった村落を集村といいます。中でも不規則な塊となって並ぶ塊村が自然に出来上がりました。

集村

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 ヨーロッパの村落形態はほとんど平野部を中心とした集村です。家族を養うための農地面積が小さくて済み、地形的な制約もあまりないからです。中世以降の開拓地域では、村落は道路を基準として計画的につくられたため、家屋は道路や水路に沿って分布しました。こうした集村を路村とよびます。路村の背後に細長い帯状の耕地が均等に割りあてられています。ドイツやポーランドの森林地域に発達した林地村は、路村の一類型です。

 広場村円村(環村)とよばれる集村では、外側に家屋を配置して村の中心に広場をつくり、そこに教会や共同牧場などを設けました。治安が悪くなった時には、防御の機能も果たしました。防御の機能をもっていた村落としては、ほかに中国の囲郭村などにみられます。

日本の村落形態
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 日本の村落をみると、山地や丘陵の麓、盆地の周縁、沖積地の微高地などに集村(塊村)がよく分布しています。中世後期から近世初期にかけて、稲作用の農業用水の管理や環濠集落のように侵入する外敵への防御などが必要になり、集まって住んだ結果です。一方、地形や道路に沿って列状に並ぶ集落を列状村といいます。列状村のうち、街道沿いに並ぶ集落を街村、道路に沿って農家などが並ぶ集落を路村ともよびます。例えば、海岸平野に平行する海岸砂丘・浜堤や、河川沿いの自然堤防には起伏に沿って集落が並びます。寺社への参詣路沿いや街道沿いには門前町や宿場町がみられます。江戸時代、武蔵野の台地などに開拓された新田集落や、明治時代、北海道の警備と開拓を目的として設置された屯田兵村には、道路沿いに短冊状に農家と耕地が並ぶ形態も見られます。

新田集落
 用水の開削や開発技術の発達などを背景に、近世に入り計画的に建設された集落です。台地・砂丘などのほか、浅海・湖沼などの干拓地に分布します。ヨーロッパにも、日本の新田集落に発生の経緯や形態がよく似た林地村や湿地村があります。ドイツ北部やイギリスなどに多く分布しています。

散村

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 農家が1戸ずつ分散して居住する村落は、散村とよばれます。散村は、開発の歴史が比較的新しく、農業の経営規模の大きいところによく見られます。各農家の周りに耕地を集めやすい利点があり、どの農家も耕地までの距離が近いため、日頃の耕作や収穫に便利です。散村は、アメリカ合衆国やカナダの土地分割制度(タウンシップ制)によって土地区画がなされた地域や、オーストラリアの小麦栽培地域、北海道の開拓地などのように、計画的に区画された農地が広がる地域によくみられます。また、散村は、北ヨーロッパやイタリア北部、アルプス地域などにみられます。近代に入ってからの囲い込み運動や、政策による農地の整理統合によって出来ました。特に山間部の冷涼な地域では、地形的な制約もあって穀物栽培が出来ず家畜飼育に依存していたため、散村や、数戸の家屋からなる小村が適していました。

 本州以南の日本でも、最近まで砺波平野や出雲平野、大井川扇状地などで典型的な散村がみられました。しかし、ヨーロッパのように政策で大規模に進められた散村に比べ、日本の散村は、小規模に進められ、今ではそこにも市街地化の波が押し寄せてきています。

村落共同体の変容

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 村落に居住する人々は、伝統的に土地とのつながりが強く、一般に村落とその周辺の限られた範囲の中でよく日常生活を過ごします。また、主に何世代にもわたってそこに住み続けてきた人々によって構成されているため、住民相互の結びつきが強く、長い時間をかけて緊密な村落共同体が形成されてきました。しかし、近年、その変化が激しくなっています。例えば、日本の農村や山村では、これまで伝統的な村祭りや冠婚葬祭、農作業などを通じて、人々はお互いに協力し合ってきました。第二次世界大戦後の高度経済成長期から、都市部での雇用の機会を求めて村を離れる若者が相次ぎました。その結果、都市周辺部の丘陵地や農地は切り開かれ、住宅やビルが建ち並ぶようになりました。この現象を村落の都市化といいます。さらに、若者が逃げた村落では極端な人口減少(過疎化)と高齢化を招きました。現在、大都市から遠く離れた山間の地域では、人口の50%以上が65歳以上の高齢者によって構成される農村や山村も珍しくありません。このような村落では、共同体としての機能の維持が困難となっており、村自体の存続も限界に達しているといわれています。

 伝統的な村落の人口流出や住民の高齢化は、日本と同様に、パリ盆地南部の円村がみられる地域など、ヨーロッパの村落でも起きています。そこでは、農村の伝統的な景観が大きく変化し、中世以来続いてきた共同体のしくみの急激な崩壊も進んでいます。

 このように、第1次産業従事者が暮らす村落と第2次・第3次産業従事者が集中して居住する都市との区別は難しくなっています。

都市の成り立ち

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都市の発達と形態

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都市がもつ機能と都市化

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 人々は、なぜ都市に集まるのでしょうか。多くの都市には、各種の専門店やデパート、ホテル、銀行などが見られます。また、役所や学校のほか、博物館・美術館・ホールなども多数あります。このような都市施設は、商業・政治・教育・娯楽などの拠点となり、その都市に住んでいる人々だけでなく、周囲の村落や近くのより小さな都市に住んでいる人々もよく利用します。都市がもっている、このようなサービスを提供する役割を中心地機能(都市機能)といいます。

 多くの都市とその周辺とは鉄道や道路で結ばれ、電車やバスなどの公共交通機関が整備され、発達しています。都市は、財が移動し、人々が交流する結節点ともなっています。多数の労働者が集まってモノを生産する機能をもつ都市もあります。規模の大きな都市には、大企業の本社や支社などの管理機能が集中し、これらに関連する情報サービス業や生産者サービス業も集積します。様々な機能を併せ持った都市は、複合都市となります。

 人々は、このような機能に従事するために、あるいは多種多様なサービスを求めて都市に集まります。こうして都市化が一層進みます。

歴史的背景

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 都市の成立は古代まで遡ります。ギリシャの都市国家(ポリス)はアクロポリスとよばれる丘を中心に発達し、メソポタミアのバビロン、中国の長安(現在の西安)、日本の平城京や平安京は、宮殿を中心に計画的に建設された都市でした。古代の都市は、政治を執り行う神殿や王宮などを中心にもつ、政治機能の強い都市でした。

 しかし、広く発達するのは、ヨーロッパなどで交易が盛んになり交易都市があらわれた中世以降です。こうした都市には、外敵の侵入を防ぐために周囲を高い城壁で取り囲んだ城郭都市に起源を持ちます。

 また、市民は商業や手工業などの経済力を背景に領主や国王から自治権を獲得しました。その結果、商業機能を中心とした都市が発達しました。ブレーメンやハンブルクやベネチアはその代表例です。

 近代になって産業革命が波及すると、炭田や港湾周辺に工業を中心とする都市が生まれ、多くの労働者が集住するようになりました。さらに関連産業も集まり、様々な機能をもった大都市に成長しました。

 このような都市発達の経緯は、日本でも同じようにみられます。城郭は、初期には防御に有利な山地や台地の先端部に作られましたが、戦国時代を過ぎると交易に便利な河口や河川沿いの平地に築かれるようになりました。特に、江戸時代に入って社会が安定すると、城下町港町が発展しました。日本の都道府県庁所在地は、行政や経済の拠点となっていた城下町から発展しています。

産業革命期の都市の分布
 ヨーロッパでは産業革命期以降に、工業化と結びついた大きな都市が発達しましたが、イギリスのバーミンガムやドイツのルール地域の都市などのように、多くは炭田近くに立地しました。
港町の発展
 港町として開発され、その後大きく発展した例としては、青森や新潟があげられます。

都市の機能

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 私達が住む都市は、一般に行政・文化・生産・消費・交通などの様々な都市機能を備えています。フランスのニースは、近くのカンヌやモナコなどと並んで、世界有数の観光保養都市として知られており、ヨーロッパをはじめとして世界各地から多くの人々が訪れます。観光保養都市は、観光や避暑・避寒を目的としています。日本では軽井沢が当てはまります。

 また、エルサレムはユダヤ教・キリスト教・イスラームの聖地です。宗教に関わる機能が卓越した宗教都市として、世界中の信者の信仰を集めています。計画的な市街地をもつブラジリアやキャンベラは、首都・行政機能を集める目的で建設された政治都市です。フランクフルトやニューヨークは、世界的規模の商業・金融都市として知られています。オックスフォードやハイデルベルクは、大学や研究機関を中心とした学術都市として知られています。

 さらに、江戸時代からの繊維産業地域にある愛知県豊田市は、繊維関連産業で蓄積してきた技術を自動車産業に応用し、世界的規模の自動車工業都市として発展しました。しかし、都市は発展すればするほど様々な機能を併せ持ちますので、現在では、一つの機能のみが優れている都市はあまりありません。

都市の形態

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 都市は、道路網の形態によっても分類出来ます。北京やニューヨークの街は直交路型で、アジアの古代都市や新大陸などによくみられます。パリやモスクワなどは、1500年代から1800年代にかけて放射環状路型に発展した都市で、道路網が集中する中心点に宮殿や記念碑などをおき、首都としての威厳と美観を優先した構造になっています。西アジアや北アフリカに多くみられる迷路型は、外敵の侵入を防ぐとともに、強い日射しを遮る効果があります。このほか、ワシントンD.C.のような放射直交路型もみられます。一般的に、多くの都市は、村落に比べると計画的につくられています。

 こうした道路網は平面的ですが、垂直的にも、都市の発展形態には様々な違いがみられます。ヨーロッパでは、旧市街などの中心部に低い建物が密集し、高層ビルは郊外に建てられています。歴史的景観を重視するため、都心部での高層ビルの建設が制限されているからです。一方、北アメリカでは都市の歴史が新しいため、都心部では高層ビルの開発が進んでいるのに対して、郊外には一戸建ての住宅や低階層の建物があります。

都市の拡大と都市圏

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都市の拡大

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 都市は絶えず拡大しています。例えば、パリは10世紀頃にセーヌ川の中洲であるシテ島を中心に発達し、12世紀には城壁が築かれ、ヨーロッパの代表的な中世都市となりました。その後、城壁の修復・建築を繰り返し、19世紀初めには、市街は現在の6つのターミナル駅に囲まれる区域にまで拡大しました。さらに19世紀半ばには市街の外側に新たに城壁(現在の高速道路環状線)が築かれ、人口も100万に達しました。現在、さらに周辺に新しい市街地が広がっています。

大都市圏の機能

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 大都市圏の中心部(都心)は、交通機関や情報通信網が集中し、都市圏の中枢となっています。ここには、政府・行政機関などの官公庁街や金融業、大企業・多国籍企業の本社や支社などが集中します。これは中心業務地区(CBD)とよばれ、ニューヨークのマンハッタンやロンドンのシティなどが典型的な例です。中心業務地区(CBD)の特徴は次の通りです。

  • 都心にある地価は高いので、ビルの高層化が進み、そこには企業のオフィスが数多く入っています。特に南北アメリカやオーストラリアの都市などでは超高層ビルが集中します。地下施設の開発も盛んで、ショッピングセンターや駐車場など、土地の垂直的な利用が行われています。
  • ヨーロッパの都市では、都心でも歴史的な市街の保存に努めているため、高層ビルはむしろ都心の縁辺に多く見られます。
  • ブランド品を扱う高級専門店街やデパート、ホテルなどの施設は、CBDに混在するか隣接するように立地します。
  • 郊外からの交通の便がよいため、仕事と生活の場を切り離す職住分離が進んでおり、昼間人口が夜間人口を上回っています。
  • 中心業務地区の周辺部には、小売・卸売業地区、住宅地区、工業地区などが発展し、合わせて一つのまとまりをつくるようになります。

 都心と外縁の新しい住宅・工業地域の中間に位置する古くからの市街地は、住宅や商店・工場などの様々な都市機能がよく混在したままになっています。アメリカでは、低所得層の人々や高齢者、外国人労働者などの居住地となっているところも見られます。

 また、都心の周辺部には、郊外へ向かう鉄道のターミナルを中心にして商業・娯楽施設の集中した副都心新都心が発達します。東京の渋谷、池袋、大阪の天王寺、埼玉県さいたま市などがその例です。ロンドンやパリでも同様の例が見られます。

 このような地区ごとに分かれる機能の違いは、都市の内部構造とよばれます。その特徴は、これまで同心円構造デル、扇形構造モデル、多核心構造モデルなどによって説明されてきました。しかし、実際には、地形や河川などの自然環境のほかに、地価や交通網にも左右されるため、それらが入り交じった複雑な構造になっています。

都市圏とその拡大

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 都市が発達するにつれて、市街が拡大し、周辺地域の都市化も進みました。大都市の周辺では、大都市へ通勤する人々が住む住宅都市(ベッドタウン)がつくられ、移転した工場や大学、研究所などを中心として新しい都市も形成されました。日本では大阪府の千里ニュータウン、東京都の多摩ニュータウンのような住宅都市や、筑波研究学園都市、関西文化学術研究都市などが典型的な例です。このように大都市の周辺に立地し、大都市の機能の一部を担う都市は衛星都市とよばれます。

大都市圏の形成

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 大都市に成長した都市は、周辺地域に工業製品やサービスを提供します。一方、周辺地域は都市に農産物を供給したり、通勤・通学者を送り込みます。こうして、日常生活の上で都市機能を通じて都市と密接な関係をもち、都市を中心に日常生活や生産活動が一体となる地域が形成されます。その範囲を都市圏とよびます。

 都市圏の範囲は中心となる都市の人口規模と密接に関係します。大きな都市ほど政治・経済・文化の中心となる機能が集中するため、周辺地域に及ぼす影響力は強くなり、都市圏も広くなります。こうした大都市をメトロポリス(巨大都市)とよび、パリ・東京・ジャカルタなどが挙げられます。また、行政上の市域を越えて周辺地域を合わせた都市圏の範囲を大都市圏(メトロポリタンエリア)といいます。これに対して、連続する多くの都市が、交通網や情報通信網などによって、広範囲に一つのまとまりとして密接につながったメガロポリス(巨帯都市)も現れました。代表例として、アメリカ北東岸地域や日本の東海道メガロポリスがあげられます。

 さらに、経済・社会のグローバル化の中で、人や物・情報・資金などの国際流動も活発になり、ニューヨークやロンドン・香港などは、国際金融市場や多国籍企業などが集中する世界都市(グローバルシティ)として発展しています。

都市システムの形成と国際化

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中枢管理機能と都市

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 日本や世界の国々の行政機関は、それぞれの管轄地域の行政の中心として機能するだけでなく、国・県・市町村、あるいは連邦・州・市町村などといった行政組織によって、相互に連絡・指示がされています。企業の本社・支社・支店・営業所なども、企業内での情報・指令を伝えるネットワークを形成しています。これらの各組織は、大量の情報を収集・記録するとともに、加工して新たな情報をつくり出し、発信していきます。各種のデータを収集し、経営方針やその実施のための方策を決定して連絡する機能を中枢管理機能といい、関係する地域の政治・経済や社会生活に重要な影響を与えます。

 都市には、それぞれの規模に応じて多くの中枢管理機能が集積しています。現代のように情報社会となり、経済の世界的な結びつきが強くなると、その役割は極めて大きくなります。

階層性をもつ都市~都市システム~

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 中枢管理機能を担う都市は、情報・指令のネットワークの中枢となります。一方、出先機関や支店がおかれる中小の都市では、情報・指令の発信よりも受信機能に重点をおく傾向があります。大小様々な規模の都市は、政治的・経済的な機能を通じて、上位から下位へと相互に階層的関係で結びついています。このような都市間にみられる相互の関係を都市システムといいます。

多様な都市システムと首位都市

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 イギリスやフランスでは、中枢管理機能の首都への集中度は日本よりさらに大きく、一極集中型を示します。一方、ドイツでは、逆に中枢管理機能が多くの都市に分散する多極分散型を示します。アメリカでは、中枢管理機能の集中の度合いとしてはニューヨークの首位は変わらないものの、ロサンゼルスなどほかの都市の比重が増大しており、全体としては分散する傾向が見られます。

 都市の発達は、都市を人口規模の順に並べてみるとよくわかります。一般的に、都市の発達の歴史が古い国ほど、人口規模が1位の都市と2位以下との隔たりは大きくありません。これに対して、第2次世界大戦後に植民地から独立した国々では、首都など優先的に資本が投下された都市に、政治・経済・文化などの中枢機能が集中しています。さらに、農村から職を求めて人口が流入するため、2位以下の都市との差が非常に大きくなります。このような都市を首位都市(プライメートシティ)といいます。

都市問題

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 20世紀後半以降の世界の大都市の人口増加をみると、パリやニューヨークのように早くから都市化の進んだ都市より、発展途上国の都市の方が急速に増加しています。そのため、社会基盤(インフラ、インフラストラクチャー)の整備が追いつかず、居住環境が劣悪なまま改善されていません。

社会基盤(インフラ、インフラストラクチャー)
 道路・住宅・鉄道・電気・ガス・文教施設・病院など、公共性の高い産業や生活の基礎となる社会施設や設備をいいます。この整備状況をみれば、都市の発展度や成長度が分かります。

発展途上国の都市問題

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スラムの形成
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リオデジャネイロのスラム

 発展途上国の大都市では、都市の内部や鉄道・主要道路沿いなどにスラム(不良住宅街)が形成されており、市街地の拡大に伴って都市周辺部にも増えてきています。政府機関や商業施設が集まる近代的な都心部のすぐそばに、劣悪な居住環境のスラムが広がる都市もあります。スラムの中には、水道や電気が不法に引かれ、下水処理の設備も整っていない場所もあります。そのため水質汚濁を招き、熱帯の地域では感染症もよく発生します。

 スラム居住者のほとんどは、農村部での貧困に耐えかねて都市部に出てきた人々です。彼らは、農業の大規模化や機械化、都市部への産業の集中などによって土地や仕事を失い、農村から押し出されてきた農民やその家族が主体となっています。しかし、都市に移り住んでも定職に就ける人々はわずかで、露天商や修理業などのインフォーマルセクターとよばれる部門で働き、生活を支えている人もいます。この部門で働く人々の中には、ホームレスや親・親戚などによって養育・保護されずに路上で集団生活するストリートチルドレンなども含まれています。また、生計を立てられない者の中には、生活苦から逃れるため、密輸や麻薬取引などといった犯罪に手を染めていく場合もみられます。

インフォーマルセクター
 小規模な小売業・サービス業・製造業などのうち、正式な雇用契約や社会保障がないような労働環境での経済活動をいいます。露天商のほか、自転車タクシーの運転手、路上の職人や修理業者、廃品回収業者など様々な仕事があります。一般に収入は低く、税金も納めていません。日本のブラック企業や零細企業と同じような意味合いです。
発展途上国の都市問題解決
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 発展途上国では、都市環境や生活・居住環境などについての様々な都市問題を抱えていますが、その解決には莫大な費用と長い時間を必要としています。また、一般に発展途上国の都市問題は、いくつかの課題が複合的に関連している場合が少なくありません。現在では、大都市を中心に、都市内の道路整備や公共交通機関の充実化、上下水道の敷設、安定した電力の供給など、都市の基盤整備が進められています。低所得者層向けに安価な住宅を建設して、スラムの住民やホームレスなどに提供しています。

 しかし発展途上国の中には、インフレや諸外国からの債務の増加など不安定な経済状況に苦しんでおり、その対策が十分に進められていない国もあります。このため、先進国に都市基盤整備の協力を求めている国もあります。これに対して、例えばNGOなどの手による住宅建設や、ストリートチルドレンのための学校づくりなども行われるようになってきています。

先進国の都市問題

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都市環境の悪化
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 先進国の大都市では、第2次産業に比べて、第3次産業に携わる人々の割合が高く、そこに住む人々は医療・福祉・教育・娯楽などといった様々なサービスを受けれます。しかし、活発な都市活動によって、ごみや建設現場・工場からの産業廃棄物、病院などからの医療廃棄物などが大量に排出され、その処理には不法投棄の問題も含めて、多額の費用と労力がかけられています。また、上下水道の整備や市街地の照明、住宅やオフィスの冷暖房、道路や鉄道などの交通網の整備・維持、インターネットや携帯電話などといった情報・通信網の拡充にも、石油や電力などのエネルギーのほか、莫大な費用を必要とします。さらに、こうした大量のエネルギー消費が、大気汚染や都心部における気温上昇など、都市環境の悪化や環境負荷の増大に多く関係しています。このような問題は、一つの都市では解決出来ず、広域的な地域の課題として取り組まなくてはなりません。

インナーシティ問題
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 アメリカ合衆国やヨーロッパなどの大都市の中には、都心部やその周辺の古くからの市街地にあたる地域で、インナーシティ問題が顕在化しているところもみられます。早くから市街化した地域は、道路が狭く建物やライフラインなどの社会基盤の老朽化が進んでいます。そのため、低所得者や移民・高齢者などが都心部に取り残されやすく、地区の財政悪化や、地域コミュニティの崩壊、治安の悪化などが社会問題になっています。

ライフライン
 一般に電気・ガス・水道・食料などの輸送ルートをいいます。英語の意味は、生命線を表します。

 しかし、いくつかの都市では、老朽化した住宅や工場・操車場などの施設を取り壊して再開発を行っています。その跡地に新しい商業施設や高級な高層住宅が建設され、比較的豊かな人々が流入するジェントリフィケーションとよばれる現象がみられます。

ジェントリフィケーションの短所
 地価や家賃が上昇して、これまで住んでいた人が出て行かざるを得なくなり、従来のコミュニティが失われる例もみられます。
先進国の都市問題解決への取り組み
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 先進国の大都市では、都心地域の空洞化や極度の機能集中といった都市問題を解消するため、様々な再開発が行われています。例えば、パリ郊外のラ・デファンス地区では、都市機能の一部を担う副都心が形成されており、そこには高層のオフィスビルや高級アパート、ショッピングセンターなどがあります。また、ヨーロッパの大都市では、都心地域に残る伝統的な建物を、かつての雰囲気を残しながら再開発している例が少なくありません。一方、都心地域で供給が過剰ぎみとなったオフィスビルを改装し、住宅として利用する試みも行われており、利便性を求める人々に注目されています。ロンドンのテムズ川やパリのセーヌ川の周辺、日本の港湾都市などでは、ウォーターフロント開発が進められています。このように再開発された地域は、海外からも観光客を集める人気スポットとなっているところがあります。

ウォーターフロント開発
 物流や産業構造の変化などによって使われなくなった、水辺の倉庫街や工場跡などの広大な土地に、住宅やショッピングセンター、娯楽施設などを建設する開発をいいます。日本では、東京湾岸の台場、汐留、横浜のみなとみらい21、幕張新都心などがその典型となっています。

 しかし近年では、人口の集中に応じた市街地の拡大やインフラの整備を一方的に進めるのではなく、周囲の環境や資源・エネルギーの消費に配慮し、公共サービスの効率性をより高めた都市の建設を意味するサスティナブルシティ(持続可能な都市)エコシティ(環境共生都市)の実現を目指す考え方がヨーロッパや日本で模索されています。交通渋滞や排ガスによる大気汚染の緩和に向けては、パークアンドライドロードプライシング制度が取り入れられています。パークアンドライドは、自宅から自動車やバイクで郊外にある公共交通機関の駅近くまで行き、それらを駐車させたあと、鉄道やバスで通勤や買い物など、自分の目的地に向かう交通システムです。この仕組みは、ドイツのフライブルクやフランスのストラスブールなどで取り入れられています。これに対して、ロードプライシング制度は、平日の日中、官庁街やオフィス街、観光地や商業施設などが集まる都心部に乗り入れる自動車に課金するもので、ロンドンやストックホルム、オスロのほか、シンガポールなどでも取り入れられています。さらに、大量のごみや廃棄物の処理については、リサイクルやリユースの仕組みをつくり、その量を減らす努力が続けられています。

日本の都市・居住問題

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都市の地域格差
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 現在では、都市と農村の間ばかりではなく、大都市と地方都市との間にも地域格差が目立っています。一般に、地方の中小都市では、大都市に比べて雇用の機会が少なく、労働人口の大幅な伸びは期待出来ないため、大都市に出て行く若者が増えて高齢化も進んでいます。人口の減少と高齢化は、同時に経済活動の停滞を招き、かつて賑わいをみせた駅前や街並み全体が寂れる事態も起きています。地方都市の商店街の中には、昼間からシャッターが閉められ、営業をしていない店も少なくありません。

人口の集中と居住
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 日本の大都市で生活する人々の多くは、都市・居住問題、面積が小さいわりに価格の高い家をもち、また通勤時間も比較的長い場所に住んでいます。東京・名古屋・京阪神の三大都市圏に人口が集中するようになったのは、特に高度経済成長期以降です。それに伴い、大都市では住宅不足の状態が続き、地価も次第に高騰していきました。また、市街地が周辺部へと急速に拡大し、郊外では無秩序な開発が行われた結果、スプロール現象もみられました。一方、高層のオフィス街や官庁街が分布する都心地域では、居住する人の数が郊外に比べて急激に少なくなり、空洞化が進行するドーナツ化現象もみられるようになりました。

 一方、高度経済成長期に開発・建設された大阪府の千里ニュータウンや東京都の多摩ニュータウンなどでは、居住者の高齢化が急速に進んでいますが、近年は建物や傾斜地のバリアフリー化、老人福祉施設の建設などの対策が進められています。