特許法第105条の2

特許権侵害訴訟における損害計算のための鑑定(計算鑑定)における当事者の説明義務について規定している。本条は、実用新案法、意匠法、商標法で準用されている。

条文 編集

(損害計算のための鑑定)

第105条の2 特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において、当事者の申立てにより、裁判所が当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な事項について鑑定を命じたときは、当事者は、鑑定人に対し、当該鑑定をするため必要な事項について説明しなければならない。

解説 編集

特許権または専用実施権を侵害されたことに対する損害の額の立証については、すでに民709条の特則として102条に推定規定が置かれている。そして、その立証のために必要な証拠となる文書[1]の提出を求めることができる(105条)。

しかし、損害の額の立証のために必要な文書等が提出されたとしても、文書等が大量であるために、公認会計士などの経理・会計の専門家ではない者がその文書等の内容を正確かつ迅速に理解することが難しい場合、その文書等に略記や隠語が含まれていたり、文書等の記載形式に説明がなかったりして、記載が何を意味するのか一見して分からない場合、および当事者照会(民訴163条)や鑑定人の発問等(民訴規133条)の制度を活用しても、提出者がその説明に応じない場合[2]などの場合には、損害額の算定が困難となる。

そこで、損害額が容易かつ迅速に立証されるよう、計算鑑定人制度を導入し、民事訴訟法の鑑定の規定(民訴212-218条)の特則として、当事者の申立により、相手方当事者の販売数量、販売単価、利益率等といった、特許権等の侵害の行為による損害の計算のために必要な事項についての鑑定がされる場合には、計算鑑定人に対し、その鑑定のために必要となる事項についての説明義務を課すこととし、当事者に損害の計算に協力させる(民訴2条参照)こととした。 このように、計算鑑定人に対する説明義務が生じるのであり、計算鑑定人に説明した事項を対立当事者や当該訴訟を担当する裁判官に説明する義務は生じない(東京地方裁判所平成25年9月25日判決同旨)。したがって、そのような事項が対立当事者に開示されなかったとしても、そのことが当該鑑定に係る鑑定書の証拠能力や証明力を殺ぐことにはつながらない(同判決参照)。

鑑定の手続については、本条の規定以外に、特許法には特段の定めがないため、その手続の詳細はコンメンタール民事訴訟法に譲るとして、ここでは、 当事者による申出(民訴規129条)によって始めて鑑定がなされる可能性が生じ、その鑑定の申立に対し裁判所が鑑定を命じるか否か、鑑定する事項については裁判所の裁量によることになる点(民訴151条1項5号)についてのみ触れておくことにする。 この鑑定事項となる本条にいう「損害の計算をするため必要な事項」は、(計算)鑑定の申出の際に提出された鑑定を求める事項に基づき、相手方の意見も考慮した上で、裁判所が定める(民訴規129条4項前段、1項本文、3項)。また、本条にいう「鑑定をするため必要な事項」として、文献[3]は「鑑定事項の調査に必要な資料の管理状況や当該資料の内容を理解するために必要な事項」を挙げ、「必要に応じて、関連する補助的な資料を提示することも包含されるものと考えられる」、としている。

当事者が本条の規定に反して、説明義務を果たさなかった場合であっても、明示的な制裁措置は存在しないが、説明責任を果たさなかったことにより、計算鑑定人が十分な計算鑑定をすることができなかった旨の計算鑑定書を裁判所に提出したときには、裁判官の心証が不利なものとなることが考えられる。


いわゆる間接侵害(101条)は特許権または専用実施権の侵害とみなされる(同条柱書)。したがって、いわゆる間接侵害に基づく損害賠償請求の場合にも本条の趣旨から、本条の規定への適用があると考えられる[4]。 また、独占的通常実施権の侵害に基づく損害賠償請求が認められると解されている以上(102条#解説参照)、同様に本条の適用があると考えられる。

改正履歴 編集

  • 平成11年法律第41号 - 追加

関連条文 編集

脚注 編集

  1. ^ 特許法は民事訴訟法の特別法としての一面を持っていること、105条民訴220条の特則であることからすれば、特許法で規定されていない事項については民事訴訟法の規定がそのまま当てはまる。このため、文書でないものであっても証拠調べの対象となるものはこの文書の概念に含まれると考えられる(民訴231条参照)。以下、本ページにおいてはこれらのものと文書とを合わせて文書等と呼ぶこととする。
  2. ^ この場合、提出を求められた者に受忍義務はないとされている(特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説』〔第20版〕発明推進協会、2017、p. 341)。
  3. ^ 特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説』〔第20版〕発明推進協会、2017、p. 340
  4. ^ 民709条の規定に従って損害賠償を請求できる以上、仮に、いわゆる間接侵害の場合に、102条103条の規定の適用が受けられないと解されるとしても、このことは何ら本条の適用の可否の解釈について影響を及ぼすとは考えにくい。

参考文献 編集

  • 特許庁編『工業所有権法(産業財産権法)逐条解説』〔第20版〕発明推進協会、2017、pp. 339-341

外部リンク 編集

前条:
105条
特許法
第4章 特許権 第2節 権利侵害
次条:
105条の3