法学民事法民法コンメンタール民法第3編 債権 (コンメンタール民法)

条文

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正当防衛及び緊急避難

第720条  
  1. 他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。ただし、被害者から不法行為をした者に対する損害賠償の請求を妨げない。
  2. 前項の規定は、他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した場合について準用する。

解説

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民法上の正当防衛、及び緊急避難の要件と効果につき規定している。刑法上の正当防衛、及び緊急避難との違いに注意が必要である。

正当防衛

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刑法における正当防衛は不正の侵害に対する侵害者に対する防衛行為であるが、民法においては防衛のための加害行為であって、その向かう先は侵害者(「反撃型避険行為」)だけではなく第三者の法益に及ぶ場合(「避難型避険行為」、多くは刑法における緊急避難に重なる)もある。

要件

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  1. 「他人の不法行為」であること。
    行為が外形的に違法なもの(権利侵害の危険の存在)であれば足り、その行為につき故意・過失/責任能力の存在は不要とされる。
  2. 「やむを得ず」なされたものであること。
    • 加害行為以外に危険を回避する手段がないこと。
    • 防衛される法益と侵害される法益に均衡が取れていること。
      侵害者の有する法益に対しては均衡を必要としないとの学説もある。

効果

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損害賠償の責任を負わない。
正当防衛が成立せず不法行為となる場合も、侵害行為について過失相殺されることがある。

緊急避難

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刑法における緊急避難は危難を避けるために侵害者以外の法益を侵害することを指すが、民法においては、他人の物(家畜等動物も含む。ペットとして飼われている犬に襲われ噛みつかれそうになったというのが典型的な例)から生じた危難を避けるために、その物を損壊することを言う(刑法学における緊急避難は、上述のとおり、不法行為論における正当防衛(「避難型避険行為」)に多く重なる)。

要件

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  1. 「他人の物から生じた急迫の危難」であること。
    • 「他人の物から生じた」には自然現象も含む。
  2. 避難の要件は正当防衛に準じ、相当性を要する。
    • 刑法における緊急避難が認められたからと言って、民法上緊急避難が認められるとは限らない。

効果

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損害賠償の責任を負わない。

その他の違法性阻却事由

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刑法学における、正当防衛・緊急避難以外の違法性阻却事由のアナロジーとして以下のものが考察されうる。
  1. 自力救済(刑法上の呼称:「自救行為」)
    一般的には認められておらず、その過程で法益侵害が発生した場合、損害賠償を免れ得ない(例.最判昭和40年12月7日)。「緊急やむを得ない特別の事情」が存在する場合などにおいて、正当防衛として免責されうる。
  2. 正当業務行為
    法令に基づく行為など正当な業務行為(例.現行犯逮捕による私人の逮捕行為、労働争議におけるストライキ)に関して違法が問われることはない。ただし、業務行為の正当性は、行為者の主観ではなく、態様・程度により争われうる(例.最判昭和31年7月20日)。
  3. 被害者の承諾
    被害者とされる相手方の承諾による行為であり、相手方に保護すべき法益は原則として存在しないので責任はなく、相手方が損害賠償を請求した場合、信義則(禁反言の法則 民法第1条第2項)に反するものと言える。ただし、承諾に関する錯誤は発生しうる。
  4. 危険への接近理論
    危難があると分かっていながら、あえて、その状況に接近した者は想定された危難を受任しなければならない(最判昭和56年12月16日 大阪国際空港夜間飛行禁止等)。

参照条文

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関連判例

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  1. 占有回収等請求(最高裁判決 昭和40年12月7日)
    私力の行使が許されないとされた事例。
    使用貸借の終了した敷地上に建築された原判示仮店舗の周囲に、右敷地所有者(終了前の敷地使用貸主)が仮店舗所有者(終了前の敷地使用借主)の承諾を得ないで、板囲を設置した場合であつても、右仮店舗所有者が右板囲を実力をもつて撤去することは、同人が原判示の経緯で原判示旧店舗に復帰してすでに飲食営業を再開している等原判示の事実関係のもとにおいては、私力行使の許される限界をこえるものと解するのが相当である。
    • 私力の行使は、原則として法の禁止するところであるが、法律に定める手続によつたのでは、権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特別の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許されるものと解することを妨げない。
  2. 大阪国際空港夜間飛行禁止等(最高裁判決 昭和56年12月16日)
    国営空港に離着陸する航空機の騒音が一定の程度に達しており空港周辺地域の住民の一部により右騒音を原因とする空港供用の差止請求等の訴訟が提起されているなどの状況のもとに右地域に転入した者が右騒音により被害を受けたとして国に対し慰藉料を請求した場合につき右請求を排斥すべき事由がないとした認定判断に経験則違背等の違法があるとされた事例
    当該空港に離着陸する航空機の騒音がその頻度及び大きさにおいて一定の程度に達しており、また、空港周辺住民の一部により右騒音を原因とする空港供用差止請求等の訴訟が提起され、主要日刊新聞紙上に当該空港周辺における騒音問題が頻々として報道されていたなど、判示のような状況のもとに空港周辺地域に転入した者が空港の設置・管理者たる国に対し右騒音による被害について慰藉料の支払を求めたのに対し、特段の事情の存在を確定することなく、転入当時右の者は航空機騒音が問題になつている事情ないしは航空機騒音の存在の事実をよく知らなかつたものとし、右請求を排斥すべき理由はないとした原審の認定判断には、経験則違背等の違法がある。

前条:
民法第719条
(共同不法行為者の責任)
民法
第3編 債権
第5章 不法行為
次条:
民法第721条
(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力)
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