名誉に対する罪
総論
編集名誉概念
編集名誉概念は、以下のとおり分類される。
名誉 | |||
客観的名誉 | 内部的名誉 万人に共通した価値そのものとしての名誉。 |
規範的名誉 | 外部から侵害し得ないため、刑法上の保護法益ではない。 ベーリングは保護法益と考えた。 |
外部的名誉(社会的名誉、世評) 人の価値に対して与えられる社会的な価値判断・人格に対する社会的評価。 |
事実的名誉 | 保護法益としての名誉(通説) →実際に外部的名誉名誉感情が侵害されたか否かは問われない。 「特殊な危険犯」: 「親告」は侵害を擬制する。 | |
主観的名誉(名誉感情) 評された者にとって害されたと感じられるか否か。 |
それを受けたものの感情によるので、保護法益である「名誉」ではない。 刑法において、「名誉」は「死者」に認められており、「法人」にも認められる。 しかしながら、親告罪であり名誉感情も考慮される。 ↔︎「侮辱罪」の保護法益(一部有力説) |
名誉毀損罪
編集- 第230条
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- 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。
- 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
- 第230条の2
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- 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
- 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
- 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
- 第232条
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- この章の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
- 告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が、外国の君主又は大統領であるときはその国の代表者がそれぞれ代わって告訴を行う。
総説
編集行為
編集行為の態様(「公然と」)
編集- 「『秘密』でないこと」(大判 昭和6年6月19日)
- 不特定又は多数の者が知ることができる状態となることであり、方法を問わない。
- 特定・少数であっても、具体的な「伝搬可能性」があれば、「公然性」を認める。「伝搬可能性」とは、発信者の名誉毀損行為が内容を保って伝搬する可能性を言い、単に特定・少数の場で名誉を毀損する発言をした場合は「公然」と言えないが、例えば、その特定・少数中に新聞記者がいて、その発言が報道されることを認識していれば「公然性」を認めうる。しかしながら、無断録音など発信者に伝搬の可能性の認識がない場合は、公然性に故意が認めがたい。
行為の対象(「事実を摘示し」)
編集- 外部的名誉を害するに足る程度の具体的事実。悪事その他、人の社会的名誉を害するに足る具体的事実。ただし、具体性を要するが、対象について明示する必要はない。
- 支払い能力などの経済的な信頼即ち「信用」に関する事実については、信用毀損罪を構成するので、これに含まれない(一般法・特別法の関係)。
- 原則として(例外は次項及び次節参照)、その事実が真実であるか否かを問わない。
- 死者に対する名誉毀損については、「虚偽」であり、発信者がそれを虚偽であることを認識していることを要する(後述)。
行為の客体(「人の名誉を」)
編集- 特定されている必要はなく、行為全体から推知されることで足りる。
- 「人」と認められるもの
- 自然人
- 意思能力の有無を問わない。
- 個々の自然人を特定できる集団
- 罪数の問題に帰結される。
- 死者
- 法人(判例)
- 法人ではない団体(判例は否定的だが、通説は認める)
- 特定の人格を認めないもの
- 人種、民族
- (参考)
- 本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(ヘイトスピーチ対策法)およびそれに基づく条例
- (参考)
- 宗教など特定の思想を有する集団
- 職業
死者の名誉
編集- 死者の名誉も名誉毀損の対象である。
- 名誉毀損の告訴後、被害者が亡くなった場合、生存者に対する名誉毀損の例による。一方、名誉毀損とされる行為後、告訴前に被害者が亡くなった場合は死者の名誉毀損の例による(刑事訴訟法第233条第2項本文)。
- 保護法益
- 学説は以下のとおり分かれる。
- 遺族の名誉(宮本)
- 遺族の死者に対する敬虔感情(大場)
- 死者の社会的評価という公共的法益(中野)
- 死者の名誉(通説)
- 遺族を主体とすることは、遺族の有無により本罪の成立の有無が左右されるのは適当でないし、又、遺族は遺族として固有の名誉を持ちうるため、適当でない。公共的法益とするのは、親告罪とすることと相入れない。
- 学説は以下のとおり分かれる。
- 虚偽の事実
- 生存者と異なり、「虚偽の事実」であることを要し、真実に事実である場合、名誉毀損を構成しない。歴史的研究等を阻害しないためとされる。
- 「虚偽」を発信者が創出したことを要するものではないが、毀損の意思をもって、確定的に虚偽であることを認識していることを要する。即ち、単なる噂を、「未必の故意」をもって発信することでは足りない。
- 保護法益
親告罪
編集- 名誉は個人に属するものであるので親告罪である。
- 被害者が死者の場合
- 「死者の親族又は子孫」が告訴権者となる(刑事訴訟法第233条第1項)。
- 「親族」は民法第725条による、その他の子孫も告訴権者となりうるが、広範にすぎるきらいがある。
- 被害者に告訴しない遺志ある場合は告訴できない(刑事訴訟法第233条第2項但書)。
- 「死者の親族又は子孫」が告訴権者となる(刑事訴訟法第233条第1項)。
- 被害者が法人の場合
- 告訴権者は法人の代表者。
- 天皇等皇族(限定列挙)に対する名誉毀損は、内閣総理大臣が告訴する。
- 不敬罪(刑法第74条及び刑法第76条)に替えて制定。
- 列挙以外の皇族は、本人の告訴による。
- 上皇及び上皇后については、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」により拡張された。
- 被害者が死者の場合