民法第145条
条文
編集(時効の援用)
- 第145条
- 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
改正経緯
編集2017年改正において当事者の範囲を画す括弧書きが追加された。
解説
編集- 時効制度についての規定である。
援用の法的性質
編集時効の援用がいかなる法的性質を持つかについては争いがある。
- 実体法説
- 不確定効果説
- 解除条件説
- 時効の完成によっても確定的な物権変動は生じるが、時効利益の放棄を解除条件としてはじめて物権変動が生じると考える。したがって援用は実体法上の形成権の行使であると捉える。
- 停止条件説
- 時効の完成によっても確定的な物権変動は生じず、援用によってはじめて物権変動が生じると考える。したがって援用は実体法上の形成権の行使であると捉える。
- 解除条件説
- 確定効果説・攻撃防御方法説
- 確定効果説は、時効の完成によって確定的な物権変動が生ずると考える。したがって、援用は何ら実体法上の効果を持たず、ただ訴訟法上の攻撃防御方法の提出にすぎないとする。
- 訴訟法説・法定証拠提出説
- 実体法上の権利ではなく、訴訟法上の法定証拠と捉える。
援用権者
編集- 本条にいう「当事者」の範囲が問題となる。
- 援用の法的性質についての確定効果説に立てば、時効の完成によって既に確定的な物権変動が生じているのであるから、訴訟上の攻撃防御方法たる援用は誰でもできることになる(無制限説)
- これに対し、停止条件説に立てば、形成権たる援用の行使権者はおのずと限定される(制限説)。判例は「時効の完成により直接の利益を受ける者」が援用権者であるとする。援用権者の範囲は以下のとおり、判例によって拡大してきた。
- 援用が認められる者。なお、消滅時効に関しては、2017年改正において、「消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む」の文言を追加し、判例法理を取り込んだ。ただし、「権利の消滅について正当な利益を有する者」の判断は今後も裁判所に委ねられる。
- 保証人は主債務の消滅時効を援用できるとされている(大判大正4年7月13日民録21-1387)。
- 抵当権の負担のある不動産を取得した者(第三取得者)は抵当権の被担保債権の時効を援用できるとされる(最判昭和48年12月14日民集27-11-1586)。被担保債権が消滅した場合、附従性により抵当権も消滅するから、第三取得者は「時効の完成により直接の利益を受け」るといえるからである。同様の論理により物上保証人にも援用権が認められる(最判昭和42年10月27日民集21-8-2110)。
- 抵当不動産の第三取得者(最判昭和44年07月15日)。
- 詐害行為取消権の受益者が取消しを請求する債権者の債権に対して(最判平成10年06月22日)。
- 援用が認められない者。
- 後順位抵当権者は先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用できないとされる(最判平成11年10月21日民集53-7-1190)。判例によれば先順位抵当権の消滅により自分の抵当権の順位が繰り上がるとしてもそれは「反射的効果」に過ぎないからである。
- 取得時効に関する建物賃借人。AがBから賃借している土地上に建物を建て、建物をCに賃貸しているとき、右土地の取得時効が完成したとしても、Cは直接利益を受ける者ではないため、取得時効を援用できない(最判昭和44年07月15日)。
- 援用が認められる者。なお、消滅時効に関しては、2017年改正において、「消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む」の文言を追加し、判例法理を取り込んだ。ただし、「権利の消滅について正当な利益を有する者」の判断は今後も裁判所に委ねられる。
参照条文
編集- 民法第146条(時効の利益の放棄)
判例
編集- 土地建物所有権移転登記手続等請求(最高裁判決 昭和42年10月27日)民法第369条、民法第146条
- 2017年改正で本判例法理は条文にとりこまれた。
- 他人の債務のため自己の所有物をいわゆる弱い譲渡担保に供した者は右債務の消滅時効を援用することができるか
- 他人の債務のため自己の所有物をいわゆる弱い譲渡担保に供した者は、右債務の消滅時効を援用することができる。
- 債務者の時効の利益の放棄は当該債務のため自己の所有物をいわゆる弱い譲渡担保に供した者に影響を及ぼすか
- 債務者の時効の利益の放棄は、当該債務のため自己の所有物をいわゆる弱い譲渡担保に供した者に影響を及ぼさない。
- 債務者の意(例.時効の放棄、時効完成後の更新)に反して事項を援用できる。
- 債務者の時効の利益の放棄は、当該債務のため自己の所有物をいわゆる弱い譲渡担保に供した者に影響を及ぼさない。
- 配当異議(最高裁判決 昭和43年09月26日)民法第372条,民法第351条,民法第423条
- 物上保証人は被担保債権の消滅時効を援用することができるか
- 他人の債務のために自己の所有物件に抵当権を設定した者は、右債務の消滅時効を援用することができる。
- 2017年改正で本判例法理は条文にとりこまれた。
- 他人の債務のために自己の所有物件に抵当権を設定した者は、右債務の消滅時効を援用することができる。
- 債権者はその債務者に代位して他の債権者に対する債務の消滅時効を援用することができるか
- 債権者は、自己の債権を保全するに必要な限度で、債務者に代位して、他の債権者に対する債務の消滅時効を援用することができる。
- 物上保証人は被担保債権の消滅時効を援用することができるか
- 家屋退去請求(最高裁判決 昭和44年07月15日)
- 建物賃借人と敷地所有権の取得時効の援用の許否
- 建物賃借人は、建物賃貸人による敷地所有権の取得時効を援用することはできない。
- 土地建物抵当権設定登記抹消登記手続請求(最高裁判決 昭和48年12月14日)民法第166条、民法第369条
- 2017年改正で本判例法理は条文にとりこまれた。
- 抵当不動産の第三取得者と抵当権の被担保債権の消滅時効の援用
- 抵当不動産の譲渡を受けた第三者は、抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができる。
- 土地所有権移転登記手続請求(最高裁判決 昭和51年05月25日)民法第1条
- 消滅時効の援用が権利濫用にあたるとされた事例
- 家督相続をした長男が、家庭裁判所における調停により、母に対しその老後の生活保障と妹らの扶養及び婚姻費用等に充てる目的で農地を贈与して引渡を終わり、母が、二十数年これを耕作し、妹らの扶養及び婚姻等の諸費用を負担したなど判示の事実関係のもとにおいて、母から農地法3条の許可申請に協力を求められた右長男がその許可申請協力請求権[1]につき消滅時効を援用することは、権利の濫用にあたる。
- 所有権移転請求権保全仮登記抹消登記手続等本訴、所有権移転請求権保全仮登記本登記手続反訴(最高裁判決 昭和61年03月17日)民法第167条1項,農地法第3条1項
- 農地の売買に基づく県知事に対する所有権移転許可申請協力請求権の消滅時効期間の経過後に右農地が非農地化した場合における所有権の移転及び非農地化後にされた時効援用の効力の有無
- 農地の売買に基づく県知事に対する所有権移転許可申請協力請求権[1]の消滅時効期間が経過してもその後に右農地が非農地化した場合には、買主に所有権が移転し、非農地化後にされた時効の援用は効力を生じない。
- 所有権移転請求権保全仮登記抹消登記手続(最高裁判決 平成2年06月05日)民法第369条,民法第556条
- 売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記に後れる抵当権者と予約完結権の消滅時効の援用
- 売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記の経由された不動産につき抵当権の設定を受け、その登記を経由した者は、予約完結権の消滅時効を援用することができる。
- 所有権移転登記承諾請求本訴、所有権移転請求権保全仮登記抹消登記手続請求反訴、当事者参加(最高裁判決 平成4年03月19日)民法第556条
- 売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記のされた不動産の第三取得者と予約完結権の消滅時効の援用
- 売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記のされた不動産につき所有権移転登記を経由した第三取得者は、予約完結権の消滅時効を援用することができる。
- 所有権移転登記抹消登記手続(最高裁判決 平成10年06月22日)民法第424条
- 詐害行為の受益者と取消債権者の債権の消滅時効の援用
- 詐害行為の受益者は、詐害行為取消権を行使する債権者の債権の消滅時効を援用することができる。
- 根抵当権抹消登記手続請求事件(最高裁判決 平成11年10月21日)民法第369条,民法第373条1項
- 後順位抵当権者と先順位抵当権の被担保債権の消滅時効の援用
- 後順位抵当権者は、先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用することができない。
- 土地所有権移転登記手続請求事件(最高裁判決 平成13年07月10日)
- 被相続人の占有により取得時効が完成した場合において共同相続人の1人が取得時効を援用することができる限度
- 被相続人の占有により取得時効が完成した場合において,その共同相続人の1人は,自己の相続分の限度においてのみ取得時効を援用することができる。
註
編集- ^ 1.0 1.1 農地法第3条に定める、農地の買主が売主に対して有する知事に対する農地所有権移転許可の申請に関して協力を求める権利。判例により、民法第166条(旧第167条)第1項の債権とされ、10年の消滅時効にかかる。
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