時効 (民法)
総説
編集時効の観念
編集- 民事法において「時効」とは、「一定の事実状態が永続する場合に、それが真実の権利関係と一致するか否かにかかわらず、そのまま権利関係として認めようとする制度」をいう。
- 取得時効
- 権利者としての事実状態を根拠として真実の権利者とみなす(162条、163条)。主に物権(特に所有権)において概念され、援用は対世効を有する。
- 消滅時効
- 権利の不行使の事実状態を根拠として権利の消滅を認める(167条)。主に債権において概念され、その場合、援用は対人効のみを有する。また、用益物権および抵当権においても不行使によって、その権利は消滅する。
時効制度の存在理由
編集諸説あり、代表的なものは以下のとおり。
実体法説(1) | 実体法説(2) | 訴訟法説 | |
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時効制度の目的 | 永続した事実状態の尊重
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権利の上に眠る者は保護しない。
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証拠保全の救済
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批判 | 取引安全は基本的に第三者(基本的にその認定において善意、かつ、無過失ないし重過失がないことを要する)を救済する法制度が過半。 | 「権利があるのに行使しない」ではなく「権利の存在を知らない」権利者であっても時効は適用される。 | |
(結論)
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「援用」の位置付け | 援用(145条) :「時効の利益を得る」という意思表示
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訴訟の攻撃防御方法として、言及するまでもない。
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- 時効制度を統一的に根拠づけるのは難しいし、適当ではない。時効制度の存在理由は各規定に則して考慮すべき(多元説:星野、通説)。
- 例:短期取得時効(162条第2項)-「取引安全の保護」の側面が強い。占有者に善意無過失を求める。
除斥期間
編集消滅時効同様、法律で定められた一定の期間、権利者が権利を行使しないことによって権利を失う制度であるが、以下の点で異なる。
- 時効の完成猶予の適用がない。
- 当事者の援用が問題とならない。
- 起算点はそれぞれの規定が起点とする時であって、権利者の主観等に基づく権利を行使することができる時ではない。
- 効果は訴求しない。
時効か除斥期間か - 法文上の表現の違い
- 時効
- 「時効によって」
- (例)
- 取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から20年を経過したときも、同様とする。(第126条)
- 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。(第166条第1項本文)
- 地役権は、継続的に行使され、かつ、外形上認識することができるものに限り、時効によって取得することができる。(第283条)
- 抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。(第396条)
- 時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は、相殺をすることができる。(第508条)
- 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。(第724条本文)
- 親権を行った者とその子との間に財産の管理について生じた債権は、その管理権が消滅した時から5年間これを行使しないときは、時効によって消滅する。(第832条第1項)
- 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも、同様とする。(第884条)
- 前項の取消権は、追認をすることができる時から6箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、同様とする。(第919条第3項)
- 除斥期間
- 特に決まった記述はない。
- 「〜年以内に、〜なければならない」「〜年を経過したとき、〜できない」など時限を切って、権利が消滅することをしめす。
- (例)
- 占有保持の訴えは、妨害の存する間又はその消滅した後1年以内に提起しなければならない。(第201条第1項前段)
- 詐害行為取消請求に係る訴えは、債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを債権者が知った時から2年を経過したときは、提起することができない。行為の時から10年を経過したときも、同様とする。(第426条前段)
- 売主が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない目的物を買主に引き渡した場合において、買主がその不適合を知った時から1年以内にその旨を売主に通知しないときは、買主は、その不適合を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。(第566条前段)
- 買戻しについて期間を定めなかったときは、5年以内に買戻しをしなければならない。(第580条第3項)
- 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から2年を経過したときは、この限りでない。(第768条第2項)
- 嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならない。(第777条)
- 子、その直系卑属又はこれらの者の法定代理人は、認知の訴えを提起することができる。ただし、父又は母の死亡の日から3年を経過したときは、この限りでない。(第787条)
- 「〜からXX年を経過したときも、同様とする。」
-
- 「行為の時から20年を経過したときも、同様とする。(第126条後段)」など
- 当該期間中に権利を失う者が何もしないことが前提となるから除斥期間ではないか(第724条に関する平成元年12月21日最高裁判決の例)。
- ↓
- 天災等による時効の完成猶予(民法第161条)は排除されない。
- 平成元年12月21日最高裁判決で旧・第724条後段を除斥期間としたにも関わらず、状況を鑑みて時効の停止(現・時効の完成猶予)を認めた例も見られる(平成10年06月12日最高裁判決、平成21年04月28日最高裁判決)。
- →個々の規定の趣旨から、判別するしかない(なお、第724条については2017年改正により、明確に消滅時効と定められた)。
- 一応のメルクマール
時効の一般的要件
編集一定の事実状態の存続
編集- 取得時効
- 対象物の支配: 占有(第162条)
- 消滅時効
- 消滅時効にかかる権利と態様
- 権利を行使しないこと
- 債権 - 回収等を行わない。
- 債権及び所有権以外の財産権 - 主に用益物権(地上権・永小作権・地役権等)を想定 - 対象物に対して利用を開始しない。
- 抵当権
- 被担保債権に対する付従性(第396条)
- 抵当不動産が第三取得者に属する場合について、民法396条の反対解釈から、旧・民法167条2項の適用により抵当権は被担保債務とは独立して20年の消滅時効にかかる(大判昭和15年11月26日)。
- 抵当権
- 権利を行使しないこと
- 起算点と不行使期間(第166条)
- 債権
- 権利を行使することができる時から10年間行使しない。
- 「権利を行使できる時」
- 期限付き - 期限到来の時
- 停止条件付き - 条件成就の時
- 期限の定めなし - 債権成立の時
- 期限付き - 期限到来の時
- 「権利を行使できる時」
- 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しない。
- 主観的要件 - 2017年改正にて追加
- 債権者に権利行使の催告などをすることにより起算点を画することができる。
- 主観的要件 - 2017年改正にて追加
- 権利を行使することができる時から10年間行使しない。
- 用益物権等
- 権利を行使することができる時から20年間行使しない。
- 債権
- 消滅時効にかかる権利と態様
一定の権利であること
編集時効の援用があること
編集- 援用(145条) :「時効の利益を得る」という意思表示
- 実体権であるならば、援用を要しないはず。
- 起草者:良心ある者の意志(will)を尊重
- 良心アラン者ハ已ムコトヲ得サルニ非サレ因リハ時效ヲ援用スルコトヲ欲セサルヘシ故ニ若シ當事者ニシテ他ノ方法ニ因リテ其權利ヲ伸長スルコトヲ得ルノ望アル間ハ故ラニ時效ヲ援用セサルコト稀ナリトセサルヘシ或ハ時效ヲ援用セン因リハ寧ロ相手方ノ請求ニ應セント欲スル者ナキヲ保セス(梅謙次郎『民法要義』)
- 時効の他、法律上正当な主張が認められるのであれば、その主張によりたいという意志は尊重すべき。
- 当事者が援用しない場合の取り扱い
- 「実体法上の権利・義務(第162条、第166条)」と「裁判上の取り扱い(145条)」に矛盾
- 攻撃防御方法説(判例)
- 時効の完成によって確定的な物権変動が生ずると考える(確定効果説)。したがって、援用は何ら実体法上の効果を持たず、ただ訴訟法上の攻撃防御方法の提出にすぎないとする。
- 不確定効果説
- 停止条件説(通説)
- 時効の完成によっても確定的な物権変動は生じず、援用によってはじめて物権変動が生じると考える。したがって援用は実体法上の形成権の行使であると捉える。
- 解除条件説
- 時効の完成によっても確定的な物権変動は生じるが、時効利益の放棄を解除条件としてはじめて物権変動が生じると考える。したがって援用は実体法上の形成権の行使であると捉える。
- 停止条件説(通説)
- 訴訟法説 - 実体法上の権利ではなく、訴訟法上の法定証拠と捉える。
- 攻撃防御方法説(判例)
- 「実体法上の権利・義務(第162条、第166条)」と「裁判上の取り扱い(145条)」に矛盾
援用権者
編集- 145条にいう「当事者」の範囲。
- 援用の法的性質についての確定効果説に立てば、時効の完成によって既に確定的な物権変動が生じているのであるから、訴訟上の攻撃防御方法たる援用は誰でもできることになる(無制限説)
- これに対し、停止条件説に立てば、形成権たる援用の行使権者はおのずと限定される(制限説)。判例は「時効の完成により直接の利益を受ける者」が援用権者であるとする。援用権者の範囲は以下のとおり、判例によって拡大してきた。
- 援用が認められる者。なお、消滅時効に関しては、2017年改正において、「消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む」の文言を追加し、判例法理を取り込んだ。ただし、「権利の消滅について正当な利益を有する者」の判断は今後も裁判所に委ねられる。
- 保証人は主債務の消滅時効を援用できる(大判大正4年7月13日民録21-1387)。
- 抵当権の負担のある不動産を取得した者(第三取得者)は抵当権の被担保債権の時効を援用できるとされる(最判昭和48年12月14日民集27-11-1586)。被担保債権が消滅した場合、附従性により抵当権も消滅するから、第三取得者は「時効の完成により直接の利益を受け」るといえるからである。同様の論理により物上保証人にも援用権が認められる(最判昭和42年10月27日民集21-8-2110)。
- 抵当不動産の第三取得者(最判昭和44年07月15日)。
- 詐害行為取消権の受益者が取消しを請求する債権者の債権に対して(最判平成10年06月22日)。
- 援用が認められない者。
- 後順位抵当権者は先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用できないとされる(最判平成11年10月21日民集53-7-1190)。判例によれば先順位抵当権の消滅により自分の抵当権の順位が繰り上がるとしてもそれは「反射的効果」に過ぎないからである。
- 取得時効に関する建物賃借人。AがBから賃借している土地上に建物を建て、建物をCに賃貸しているとき、右土地の取得時効が完成したとしても、Cは直接利益を受ける者ではないため、取得時効を援用できない(最判昭和44年07月15日)。
- 援用が認められる者。なお、消滅時効に関しては、2017年改正において、「消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む」の文言を追加し、判例法理を取り込んだ。ただし、「権利の消滅について正当な利益を有する者」の判断は今後も裁判所に委ねられる。
「援用」の場所
編集- 「裁判外の援用」と認めるか?
- 不確定効果説 - 認める。
- 訴訟法説 - 論理的には認めるのは困難。
- 確定効果説 - 論理的には認めるのは困難。認めた判例(大判大正8年6月19日)もあり、一貫していない。
- 「裁判外の援用」と認めるか?
「援用」の撤回
編集- 確定効果説、訴訟法説 - 可能
- 不確定効果説 - 認めない。援用の根拠を「良心」とする場合、認めることもある。
「援用」の時期
編集- 事実審口頭弁論終結まで - 控訴審以降は主張できない。
時効の効果
編集- 援用した者のみに生ずる。
- 実体法上の得喪が生じる。
- 起算日から効力が発生する
- 起算日以降に発生する果実(自然果実、法定果実[地代、利息等])は、時効援用者に帰属する。
時効完成と対抗の問題
編集時効障害
編集- 時効の進行中に、事実状態の継続に変動を生じさせる事情が生じ、時効の時間計算に変更を生じさせる事項。「時効の更新」「時効の中断」及び「時効の完成猶予」の3種がある。
- 時効の起算点を変えるもの。
- 時効の更新
- 時効において、当事者による積極的な行為により、真の権利の存在が確認されるなどの事情が発生し、それまでの時効期間の経過をまったく無意味にし、時効の起算点をその事情以降に変えるもの。
- 2017年改正前は、「時効の中断」概念のみであったが、改正前「(消滅)時効の中断」にあたっては、進行した時効期間がリセットされ、ゼロに戻って一から開始するのであるから、ある時点までの状況を有効とし再開することをイメージさせる中断という用語は適切でないなどの意図から時効については、新たに「時効の更新」に改めた。
- 時効の中断
- 取得事項において、権利者としての事実状態が途切れ、その時点から、新たな時効計算が開始される。
- (例)
- 時効の更新
- 時効の終期を変えるもの - 時効の完成猶予
- 時効の起算点を変えるもの。
法定障害の存在意義
編集明確ではない。
- 永続した事実状態の尊重
- 裁判などにより、事実状態が中断する。
- 権利の上に眠る者は保護しない。
- 裁判等を起こす事により、自己の権利を行使している。
- 証拠保全の救済
- 裁判などにより、法定証拠等強い証拠力が具備される。
「承認」は、時効の意義2と3と必ずしも適合しない。
時効の更新
編集時効更新の意義
編集時効更新の要件(時効更新事由)
編集裁判上の請求等
編集裁判上の請求:請求訴訟のみを意味しない。
- 消極的確認訴訟(債権等が存在しないことを確認する訴訟)に対する応訴
- 訴訟物でない権利の主張
強制執行等
編集差押、仮差押、仮処分
承認
編集時効更新の効果
編集絶対効
編集更新事由の終了から新たに時効が進行する。
相対効
編集更新に関しては、更新の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ、その効力を有する(第153条)。
時効の中断
編集- 取得時効において、事実としての物の支配が途切れることによって、継続した事実状態を主張できなくなること。
時効中断の意義
編集時効中断の要件
編集取得時効の要件である占有・準占有が失われた場合、時効は中断する(自然中断(民法第164条))。
- 法の趣旨から当然であり、相手方によらず主張できる(対世効を有する)。
占有を失った後に回復した場合の取り扱い
編集時効中断の効果
編集絶対効
編集相対効
編集時効の完成猶予
編集時効の完成猶予の意義
編集時効完成を、一定期間経過するまで延期すること。