民法第724条
条文
編集(不法行為による損害賠償請求権の消滅時効)
- 第724条
- 不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
- 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき。
- 不法行為の時から20年間行使しないとき。
改正経緯
編集2017年改正において、時効制度の整理が図られたことに伴い、以下の条項から改正。
(不法行為による損害賠償請求権の期間の制限)
- 不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する。不法行為の時から20年を経過したときも、同様とする。
解説
編集要件
編集「損害及び加害者を知った時」の意義
編集- 時効の起算点を意味している。
損害の了知
編集- 不法行為により損害を受けたことを認識した時点で足り、具体的な損害額を認識した時点であることを要さないと解されている(最判平成14年1月29日民集56-1-218)。
加害者の了知
編集- 加害者の住所氏名を的確に知り、損害賠償請求が事実上可能になった時点であると解されている(最判昭和48年11月16日民集27-10-1374)。
継続的不法行為
編集「3年間」の意義
編集「20年」の意義
編集参照条文
編集判例
編集- 損害賠償請求(最高裁判決 昭和42年07月18日)
- 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効が進行しないとされた事例
- 不法行為によつて受傷した被害者が、その受傷について、相当期間経過後に、受傷当時には医学的に通常予想しえなかつた治療が必要となり、右治療のため費用を支出することを余儀なくされるにいたつた等原審認定の事実関係のもとにおいては、後日その治療を受けるまでは、右治療に要した費用について民法第724条の消滅時効は進行しない。
- 損害賠償請求、同附帯控訴(最高裁判決 昭和43年06月27日)民法第147条1号、国家賠償法第1条、国家賠償法第4条
- 民法第724条の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」にあたるとされた事例
- 登記官吏の過失により虚偽の所有権移転登記がされ、これを信頼して土地を買い受け、その地上に建物を建築したものが、右事実関係を知り自己が右土地の所有権を取得しえないことを知つたときは、その時に、右建物を収去することによつて生ずる損害についてもその損害および加害者を知つたものと解するのが相当である。
- 一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴を提起した場合と右残部についての消滅時効中断の効力
- 不法行為に基づく損害賠償債権の一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴を提起した場合、訴提起による消滅時効中断の効力はその一部の範囲においてのみ生じ、残部には及ばないと解するのが相当である。
- 民法第724条の「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」にあたるとされた事例
- 損害賠償請求(最高裁判決 昭和44年11月27日)民法第715条
- 使用者責任と民法724条の加害者を知ることの意義
- 使用者責任において民法724条の加害者を知るとは、被害者が、使用者ならびに使用者と不法行為者との間に使用関係がある事実に加えて、一般人が当該不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると判断するに足りる事実をも認識することをいうと解するのが相当である。
- 損害賠償請求(最高裁判決 昭和45年06月19日)
- 不法行為による弁護士費用の損害賠償請求権の消滅時効が当該報酬の支払契約をした時から進行するものとされた事例
- 不法行為の被害者が弁護士に対し損害賠償請求の訴を提起することを委任し、成功時に成功額の一割五分の割合による報酬金を支払う旨の契約を締結した場合には、右契約の時が民法724条にいう損害を知つた時にあたり、その時から右請求権の消滅時効が進行するものと解して妨げがない。
- 損害賠償請求(最高裁判決 昭和48年11月16日)
- 民法724条にいう「加害者ヲ知りタル時」の認定事例
- 被疑者として逮捕されている間に警察官から不法行為を受けた被害者が、当時加害者の姓、職業、容貌を知つてはいたものの、その名や住所を知らず、引き続き身柄拘束のまま取調、起訴、有罪の裁判およびその執行を受け、釈放されたのちも判示の事情で加害者の名や住所を知ることが困難であつたような場合には、その後、被害者において加害者の氏名、住所を確認するに至つた時をもつて、民法724条にいう「加害者ヲ知りタル時」というべきである。
- 損害賠償請求(最高裁判決 昭和49年12月17日)民法第167条1項、商法第266条の3第1項
- 商法266条の3第1項前段所定の第三者の取締役に対する損害賠償請求権(現会社法第429条に相当)の消滅時効期間
- 商法266条の3第1項前段所定の第三者の取締役に対する損害賠償請求権の消滅時効期間は10年と解すべきである。
- 最高裁の判断
- 民法724条が短期消滅時効を設けた趣旨は、不法行為に基づく法律関係が、通常、未知の当事者間に、予期しない偶然の事故に基づいて発生するものであるため、加害者は、損害賠償の請求を受けるかどうか、いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果、極めて不安定な立場におかれるので、被害者において損害及び加害者を知りながら相当の期間内に権利行使に出ないときには、損害賠償請求権が時効にかかるものとして加害者を保護することにあると解される。
- 最高裁の判断
- 損害賠償(最高裁判決 昭和58年11月11日)
- 民法724条にいう「加害者ヲ知リタル時」の認定事例
- 交通事故の被害者が、加害者として取調べを受けたうえ業務上過失致死傷罪で起訴され、一審で有罪判決を受けたものの二審で無罪判決を受け、同判決が確定したなど、原判示の事情のもとにおいては、被害者に対する右無罪判決が確定した時をもつて、民法724条にいう「加害者ヲ知リタル時」というべきである。
- 国家賠償(最高裁判決 平成元年12月21日)
- 2017年法改正により、時効の範疇とされたため、改正以降、本判例は適用されない。また、改正以前にかかるものであっても、令和6年7月3日最高裁判決により、無条件に除斥期間と解することはなくなった。
- 民法724条後段の法意
- 民法724条後段の規定は、不法行為による損害賠償請求権の除斥期間を定めたものである。
- 同条がその前段で3年の短期の時効について規定し、更に同条後段で20年の長期の時効を規定していると解することは、不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図する同条の規定の趣旨に沿わず、むしろ同条前段の3年の時効は損害及び加害者の認識という被害者側の主観的な事情によってその完成が左右されるが、同条後段の20年の期間は被害者側の認識のいかんを問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解するのが相当である。裁判所は、除斥期間の性質にかんがみ、本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断すべきである。
- 損害賠償(最高裁判決 平成6年01月20日)
- 夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権の消滅時効の起算点
- 夫婦の一方の配偶者が他方の配偶者と第三者との同せいにより第三者に対して取得する慰謝料請求権については、一方の配偶者が右の同せい関係を知った時から、それまでの間の慰謝料請求権の消滅時効が進行する。
- 損害賠償(最高裁判決 平成10年06月12日)民法第158条
- 不法行為を原因として心神喪失の常況にある被害者の損害賠償請求権と民法724条後段の除斥期間(→2017年法改正により、時効の範疇とされ、本判例は条文に取り込まれた。)
- 不法行為の被害者が不法行為の時から20年を経過する前6箇月内において右不法行為を原因として心神喪失の常況にあるのに法定代理人を有しなかった場合において、その後当該被害者が禁治産宣告を受け、後見人に就職した者がその時から6箇月内に右不法行為による損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは、民法第158条の法意に照らし、同法724条後段の効果は生じない。
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成14年01月29日)
- 民法724条にいう被害者が損害を知った時の意義
- 民法724条にいう被害者が損害を知った時とは,被害者が損害の発生を現実に認識した時をいう。
- 原審における以下の判断を覆す。
- 民法724条にいう「損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」とは、被害者において、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度に損害及び加害者を知った時を意味するものと解するのが相当であり、被害者に現実の認識が欠けていても、その立場、知識、能力などから、わずかな努力によって損害や加害者を容易に認識し得るような状況にある場合には、その段階で、損害及び加害者を知ったものと解するのが短期消滅時効の起算点に関する特則を設けた同条の趣旨にかなう。
- 最高裁の判断
- 民法724条の短期消滅時効の趣旨は、損害賠償の請求を受けるかどうか、いかなる範囲まで賠償義務を負うか等が不明である結果、極めて不安定な立場に置かれる加害者の法的地位を安定させ、加害者を保護することにあるが(上記項番6判例参照),それも,飽くまで被害者が不法行為による損害の発生及び加害者を現実に認識しながら3年間も放置していた場合に加害者の法的地位の安定を図ろうとしているものにすぎず、それ以上に加害者を保護しようという趣旨ではない。
- 原審における以下の判断を覆す。
- 損害賠償、民訴法第260条2項による仮執行の原状回復請求事件(最高裁判決 平成16年04月27日)国家賠償法第1条1項、鉱山保安法第1条、鉱山保安法第4条、鉱山保安法(昭和37年法第律第105号による改正前のもの)30条、じん肺法(昭和52年法律第76号による改正前のもの)2条1項1号,石炭鉱山保安規則(昭和61年通商産業省令第74号による改正前のもの)284条の2
- 通商産業大臣が石炭鉱山におけるじん肺発生防止のための鉱山保安法上の保安規制の権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例
- 炭鉱で粉じん作業に従事した労働者が粉じんの吸入によりじん肺にり患した場合において、炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情及びじん肺に関する医学的知見の変遷を踏まえて、じん肺を炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し、これを施策の対象とするじん肺法が成立したこと、そのころまでには、さく岩機の湿式型化によりじん肺の発生の原因となる粉じんの発生を著しく抑制することができるとの工学的知見が明らかとなっており、金属鉱山と同様に、すべての石炭鉱山におけるさく岩機の湿式型化を図ることに特段の障害はなかったのに、同法成立の時までに、鉱山保安法に基づく省令の改正を行わず、さく岩機の湿式型化等を一般的な保安規制とはしなかったことなど判示の事実関係の下では、じん肺法が成立した後、通商産業大臣が鉱山保安法に基づく省令改正権限等の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法となる。
- 加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合における民法724条後段所定の除斥期間の起算点
- 民法724条後段所定の除斥期間は,不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時から進行する。
- 通商産業大臣が石炭鉱山におけるじん肺発生防止のための鉱山保安法上の保安規制の権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成17年11月21日)民法第166条1項、旧・商法第798条1項
- 船舶の衝突によって生じた損害賠償請求権の消滅時効の起算点
- 船舶の衝突によって生じた損害賠償請求権の消滅時効は、民法724条により,被害者が損害及び加害者を知った時から進行する。
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成18年06月16日)
- 乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染しB型肝炎を発症したことによる損害につきB型肝炎を発症した時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となるとされた事例
- 乳幼児期に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染したX4及びX5がB型肝炎を発症したことによる損害については,(1)乳幼児期にB型肝炎ウイルスに感染し,持続感染者となった場合,HBe抗原陽性からHBe抗体陽性への変換(セロコンバージョン)が起きることなく成人期に入ると,肝炎を発症することがあること,(2)X4は,昭和26年5月生まれで,同年9月〜昭和33年3月に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し,昭和59年9月ころ,B型肝炎と診断されたこと,(3)X5は,昭和36年7月生まれで,昭和37年1月〜昭和42年10月に受けた集団予防接種等によってB型肝炎ウイルスに感染し,昭和61年10月,B型肝炎と診断されたことなど判示の事情の下においては,上記集団予防接種等(加害行為)の時ではなく,B型肝炎の発症(損害の発生)の時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となる。
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成21年04月28日)民法第160条(→2017年法改正により、時効の範疇とされ、本判例は条文に取り込まれた。)
- 被害者を殺害した加害者が被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出したため相続人がその事実を知ることができなかった場合における上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権と民法724条後段の除斥期間
- 被害者を殺害した加害者が被害者の相続人において被害者の死亡の事実を知り得ない状況を殊更に作出し,そのために相続人はその事実を知ることができず,相続人が確定しないまま上記殺害の時から20年が経過した場合において,その後相続人が確定した時から6か月内に相続人が上記殺害に係る不法行為に基づく損害賠償請求権を行使したなど特段の事情があるときは,民法160条の法意に照らし,同法724条後段の効果は生じない。
- 国家賠償請求事件(最高裁大法廷判決 令和6年07月03日)
- 民法724条後段の除斥期間の適用により賠償請求権が消滅することが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合において、除斥期間の適用の主張をすることが信義則に反し権利の濫用として許されないとされた事例
- 憲法に違反していたことが明らかな旧優生保護法により不妊手術を強制させられた障害者らの国家賠償請求権が除斥期間により消滅したとするのは、著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない。
- 裁判所が除斥期間の経過により損害賠償請求権が消滅したと判断するには当事者の主張がなければならないと解すべきであり、上記請求権が除斥期間の経過により消滅したものとすることが著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない場合には、裁判所は、除斥期間の主張が信義則に反し又は権利の濫用として許されないと判断することができると解するのが相当である。
- 上記と異なる趣旨をいう平成元年判決その他の最高裁判例は、いずれも変更すべきである。
参考文献
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