法学民事法民法コンメンタール民法第3編 債権 (コンメンタール民法)

条文

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(使用者等の責任)

第715条
  1. ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
  2. 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
  3. 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

解説

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不法行為責任の特殊類型のうち、使用者責任と呼ばれる類型につき規定している。
この責任の根拠としては、報償責任と危険責任という二つの見解が挙げられている。
また、それぞれの要件・効果についての解釈論も多岐にわたっている。

要件

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使用関係

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「事業のために他人を使用する者」という要件。

事業
広く仕事という意味で、継続的か一時的であるかを問わず、営利か非営利かも問わない。強い意味はなく次の「使用関係・指揮命令関係」を成立させる枠としての設定である。
兄に命ぜられ、弟が兄所有の自動車で送った事案が事業と認められている(最判昭和56年11月27日
使用関係
被告と行為者の間に指揮命令関係があることを要する。「事業」がそうであるように継続的か一時的であるか、有償か無償かを問わず、指揮命令が強制力を有したものか否か、命令者が使用者を選任したものか否かも問わない。
  • 雇用関係(企業と従業員)がある場合には問題なくこれが認められる。
  • 委任関係の場合は独立性が強いので原則として認められない。
    したがって、法人の代表者の地位にある者については使用者責任を認め難いが、その場合、法人そのものの不法行為と解される場合がある。
    その他、委任関係にある理事・役員等の行為については使用人兼務役員、支配人等被用者の資格での行為に関して、法人等は使用者責任を負う。
  • 請負関係については第716条によって本条の適用が廃除されている。ただし、請負関係であっても、元請け・下請けのように実質的な指揮命令関係が認められる場合には、716条の適用を廃除し、本条を適用した判例もある(最判昭和37年12月14日最判昭和45年2月12日)。

「事業の執行について」

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この要件につき、加害行為は、実際に被用者の職務の範囲内で生じなければならないのかという問題がある。特に取引行為的な不法行為(手形振出しの権限のない経理課長が偽造手形を振出して被害を与えた場合など)について問題になる。判例は外形標準説をとり、実際に被用者の職務の範囲内でなくとも、外形上職務の範囲内であると判断される行為であれば、この要件を満たすとしている。被害者側の信頼を保護する趣旨である。
一方、事実行為的な不法行為(交通事故など)については、そもそも外形に対する信頼といったものを観念できないから、別の法理が必要となる。この点につき、たとえば、事業の執行を契機とした暴行傷害について使用者責任を認めた例(最判昭和44年11月18日)、勤務時間外の帰宅途中、社用車で事故を起こした場合に使用者責任を認めた例(最判昭和37年11月8日)などがある。なお、通勤や出張などに自家用車を利用することは、一般的に事業の執行とはされない(最判昭和52年9月22日)が、通勤に利用している自家用車を、職場間の移動などに用いることを会社が認めている場合などにおいては事業執行性を認める例(最判昭和52年12月22日)もあり、又近時の下級審判決では自家用車による通勤時の事故に使用者責任を認めるものも少なくない。

被用者の不法行為

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「被用者が…第三者に加えた損害」という要件である。被用者の行為が、一般不法行為(第709条)の要件を満たすことが必要であると解されている。

免責事由

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1項但書は2つの免責事由を定めている。これら免責事由については被告(使用者)側に立証責任がある。いわゆる立証責任の転換を図ったものであり、中間責任を定めたものである。

「使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき」
但書前段の免責事由である。使用者が監督過失がないことを立証できれば責任を免れるが、特に大規模な組織などではこの免責事由は認められにくいといわれる。
「相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」
但書後段の免責事由である。これは、監督過失と損害関係との間に因果関係がない場合を意味していると解されている。

効果

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免責事由

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使用者は被害者に対して全額賠償の責任を負う。不法行為をなした被用者とは不真正連帯責任となる。

求償

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使用者責任が認められた場合も、被用者自身が免責されるわけではない。すなわち、使用者は被用者は被害者に対して賠償額について請求すること(求償)ができる。しかしながら、被用者に対して、賠償した全額を請求できるわけではなく、信義則上相当な限度で行使できる(最判昭和51年7月8日)。

関連条文 

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判例

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  1. 損害賠償等請求(最高裁判決 昭和30年12月22日)
    通商産業省の自動車運転手が大臣秘書官を私用のため乗車させて自動車を運転し他人を負傷させた場合と民法第715条
    通商産業省の職員として専ら自動車の運転に従事する者が、従来通商産業大臣秘書官として常に当該通商産業省の自動者に乗車し、辞表提出後ではあつたがその辞令の交付なく未だその官を失つていなかつた者を乗車させて自動車を運転中、これを接触させて他人を負傷させたときは、たとえ右秘書官の私用をみたすため運転したものであつても、右事故は通商産業省の「事業ノ執行ニ付キ」生ぜしめたものと解するのが相当である。
  2. 慰籍料並に名誉回復請求(最高裁判決 昭和31年7月20日)民法44条(現・一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第78条),民法709条民法723条
    法人に対する民法第44条に基く請求と同法第715条に基く請求との訴訟物の異同
    法人に対する民法第44条に基く損害賠償の請求と同法第715条に基く損害賠償の請求とは、訴訟物を異にする。
    • 民法44条による法人の責任と同715条による法人の責任とは、発生要件を異にし法律上別個のものと解すべき。
  3. 売掛代金請求(最高裁判決 昭和32年3月5日) 商法第42条(現24条),商法第38条(現21条),民法第709条
    商法第42条(旧),商法第38条(旧)にいう「営業ニ関スル行為」と民法第715条の「事業ノ執行ニ付キ」なされた行為との異同
    支店長のなした特定の行為が、商法第42条(旧),商法第38条(旧)にいう「営業ニ関スル行為」にあたらないことを理由として、直ちに民法第715条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」なされた行為にもあたらないと断定することは違法である。
  4. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和32年4月30日)民法第509条
    1. 被害者に業務執行上の過失のある場合と民法第715条
      被用者たる運転手甲が自動車を運転して当該自動車を輸送する業務に従事中、その過失により自動車を衝突させ同乗していた乙を死亡させたものであるときは、乙が自動車輸送業務の共同担当者たる被用者で右衝突事故の発生につき同人にも過失があつたとしても、使用者は乙の死亡につき民法第715条による損害賠償責任を免れない。
    2. 民法第715条による損害賠償義務者と相殺の許否
      民法第715条により損害賠償義務を負担している使用者は、被害者に対する不法行為による損害賠償債権を有している場合でも、相殺をもつて対抗することはできない。
  5. 慰籍料並に名誉回復請求(最高裁判決 昭和31年7月20日)民法第44条(削除済み;一般社団法人及び一般財団法人に関する法律第78条に継承。「法人」の不法行為責任として一般化される)
    法人に対する民法第44条に基く請求と同法第715条に基く請求との訴訟物の異同
    法人に対する民法第44条に基く損害賠償の請求と同法第715条に基く損害賠償の請求とは、訴訟物を異にする。
  6. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和34年4月23日)
    運転資格のないタクシー会社従業員の自動車運転行為が会社の「事業ノ執行」にあたるとされた事例。
    タクシー会社に自動車運転助手兼整備係として雇われ、会社からの注意にもかかわらず運転資格も持たないで、平素洗車給油等の目的で車庫から給油所まで短距離の間営業用自動車の運転をしていた者が、運転技術修得のため他の場所で同会社の営業用自動車を運転中、追突事故により他人に損害を与えたときは、右損害は同会社の「事業の執行ニ付キ」生ぜしめたものと解すべきである。
  7. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和36年1月24日)
    1. 労働基準法第79条の補償と民法第422条。
      労働者の死亡について第三者が不法行為に基づく損害賠償責任を負担する場合には、労働基準法第79条に基づく補償義務を履行した使用者は、民法第422条の類推により、その履行した時期及び程度で遺族に代位して第三者に対し賠償請求権を取得する。
    2. 民法第715条の使用者責任の認められる事例。
      専ら貨物運送を業とする会社の被用者である貨物自動車運転者が、貨物運送にあたりたまたま他人に同乗を許したため、運転者の過失により惹き起された事故において右の者が死亡するに至つた場合であつても、右同乗が運転者との個人的関係に基づくものでなく、荷受会社の集荷課長として積荷の受渡を便にするためのものであつたときは、右運送会社は民法第715条の責任を負うと解すべきである。
  8. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和36年1月24日)
    下請負人の被用者の不法行為につき元請負人が民法第715条の責任を負うための要件
    元請負人が下請負人に対し工事上の指図をしもしくはその監督のもとに工事を施行させ、その関係が使用者と被用者との関係またはこれと同視しうる場合であつても、下請負人の被用者の不法行為が元請負人の事業の執行につきなされたものとするためには、直接間接に被用者に対し元請負人の指揮監督関係の及んでいる場合に加害行為がなされたものであることを要する。
  9. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和37年11月8日)
    会社の被用者が私用のために会社の自動車を運転した場合と民法第715条の「事業ノ執行」。
    測量器械等の販売を業とする会社の商品の外交販売に従事し、仕事上の必要に応じ随時会社の自動車を運転使用できる被用者が会社の自動車を運転して私用に供した場合であつても、これを会社の「事業ノ執行」につきなされたものと認めるのを相当とする。
  10. 約束手形金請求(最高裁判決 昭和38年6月28日)
    民法第715条第2項の代監督者の責任を認めた事例。
  11. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和39年2月4日)
    会社の被用者が私用のため会社の自動車を運転中他人に加えた損害が民法第715条の会社の「事業ノ執行ニ付キ」生じたものとされた事例。
    自動車の販売等を業とする会社の販売課に勤務する被用者が、退社後映画見物をして帰宅のための最終列車に乗り遅れたため、私用に使うことが禁止されていた会社内規に違反して会社の自動車を運転し、帰宅する途中追突事故を起す等判示事実関係のもとにおいて他人に加えた損害は、右会社の「事業ノ執行ニ付キ」生じたものと解するのが相当である。
  12. 約束手形金請求(最高裁判決 昭和40年11月30日)
    被用者の手形偽造行為が民法第715条にいう「事業ノ執行ニ付キ」なした行為にあたるとされた事例。
    会社の会計係中の手形係として判示のような手形作成準備事務を担当していた係員が、手形係を免じられた後に会社名義の約束手形を偽造した場合であつても、右係員が、なお会計係に所属して割引手形を銀行に使送する等の職務を担当し、かつ、会社の施設機構および事業運営の実情から、右係員が権限なしに手形を作成することが客観的に容易である状態に置かれている等判示のような事情があるときは、右手形偽造行為は、民法第715条にいう「事業ノ執行ニ付キ」なした行為と解するのが相当である。
  13. 損害賠償請求(最高裁判決昭和41年6月10日)旧商法第23条(名板貸会社法第9条
    自動車運送事業の営業名義を貸与した者が名義借受人の雇傭する運転手の過失による自動車事故について損害賠償責任があるとされた事例
    免許を受けて自動車の運送事業を営む者が他人をして違法にその営業名義を使用して自動車運送事業を営ませた場合、名義貸与者とその借受人の事業の執行方法につき原判決確定の事実関係があるときは、名義借受人の雇傭する運転手がその事業の執行に関し第三者に加えた自動車事故による損害について、名義貸与者は賠償責任を負担する。
  14. 損害賠償請求事件(最高裁判決 昭和41年7月21日)
    民法第715条第1項の被用者にあたると認められた事例
    土木工事請負人が道路工事に使用するため運転手助手づきの貨物自動車を借り受けた場合において、その助手が、請負人の現場監督の指揮に従い、貨物自動車の運転助手として砂利、土、石等の運搬に関与し、時には自ら貨物自動車を運転もし、これらの仕事については助手の雇主の指図をうけたことがなく、かつ請負人の飯場に起居していた等判示の事情があるときには、民法第715条の適用上、助手は土木工事請負人の被用者にあたると解するのが相当である。
  15. 損害賠償等請求(最高裁判決 昭和42年5月30日)
    民法715条2項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは
    民法715条2項にいう「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」とは、客観的に見て、使用者に代り現実に事業を監督する地位にある者を指称するものと解すべきであり、使用者が法人である場合において、その代表者が現実に被用者の選任、監督を担当しているときは、右代表者は同条項にいう代理監督者に該当し、当該被用者が事業の執行につきなした行為について、代理監督者として責任を負わなければならないが、代表者が、単に法人の代表機関として一般的業務執行権限を有することから、ただちに、同条項を適用してその個人責任を問うことはできない
    • 法人の代表者は、現実に被用者の選任・監督を担当していたときにかぎり、当該被用者の行為について民法第715条第2項による責任を負う。
  16. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和42年6月30日)失火ノ責任ニ関スル法律民法第442条民法第719条
    「失火ノ責任ニ関スル法律」と民法第715条
    被用者が重大な過失によつて火を失したときは、使用者は、被用者の選任または監督について重大な過失がなくても、民法第715条第1項によつて賠償責任を負う。
    • 「失火ノ責任ニ関スル法律」は、失火者その者の責任条件を規定したものであつて、失火者を使用していた使用者の帰責条件を規定したものではないから、失火者に重大な過失があり、これを使用する者に選任監督について不注意があれば、使用者は民法715条により賠償責任を負うものと解すべきであつて、所論のように、選任監督について重大な過失ある場合にのみ使用者は責任を負うものと解すべきではない(大正2年2月5日大審院判決・民録19輯57頁参照)。
  17. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和42年11月2日)
    被用者の職務権限内において適法に行なわれたものでない行為についての被害者の悪意・重過失と民法第715条
     被用者の取引行為がその外形からみて使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であつても、それが被用者の職務権限内において適法に行なわれたものではなく、かつその相手方が右の事情を知り、または少なくとも重大な過失によつてこれを知らないものであるときは、その相手方である被害者は、民法第715条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することができない。
    • 相手方の故意のみでなく重大な過失によつても使用者が損害賠償の責を免れるのは、公平の見地に照らし、被用者の行為の外形に対する相手方の信頼が、重大な過失に基づくときは、法律上保護に値いしないものと認められるためにほかならないから、ここにいう重大な過失とは、取引の相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行なわれたものでない事情を知ることができたのに、そのことに出でず、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もつて、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであつて、故意に準ずる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方にまつたく保護を与えないことが相当と認められる状態をいう(下記最高裁昭和44年11月21日判決・判決文における言及)
  18. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和44年11月18日)
    被用者が事業の執行につき第三者に加えた損害にあたるとされた事例
    使用者の施工にかかる水道管敷設工事の現場において、被用者が、右工事に従事中、作業用鋸の受渡しのことから、他の作業員と言い争つたあげく同人に対し暴行を加えて負傷させた場合、これによつて右作業員の被つた損害は、被用者が事業の執行につき加えた損害にあたるというべきである。
  19. 損害賠償等請求(最高裁判決 昭和44年11月21日)
    被用者の取引行為を職務権限内の行為と信じた相手方に重大な過失がないとされた事例
    甲が、金融業者乙の被用者であるが代理権を有しない丙との間に、乙の不動産を買い受ける契約を締結し、代金を丙に支払うに際し、売買契約書等の表示、乙に対する登記抹消の訴に関する予告登記の存在、交渉中における代金減額の経過など、原判示のような丙の権限を疑うべき事情があるのにかかわらず、丙を乙の支配人と紹介した仲介人の言葉のみを信用し、丙の代理資格および売買の意思の有無につき乙に問い合わせるなどの調査をすることなく、丙にその権限があるものと信じて、右契約を締結し多額の代金を丙に支払つた場合であつても、甲がこのように信じたことにいまだ重大な過失があるとはいえず、甲は、乙に対し、民法715条に基づき損害賠償を請求することを妨げられない。
  20. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和44年11月27日)民法第724条
    使用者責任と民法724条の加害者を知ることの意義
    使用者責任において民法724条の加害者を知るとは、被害者が、使用者ならびに使用者と不法行為者との間に使用関係がある事実に加えて、一般人が当該不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると判断するに足りる事実をも認識することをいうと解するのが相当である。
  21. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和45年2月12日)
    下請負人の被用者の加害行為につき元請負人の使用者責任が認められた事例
    工事の元請負人甲がその従業員乙を工事の責任者として工事現場に詰めさせ、下請負丙の工事施行を指揮監督させ、かつ、丙の被用者で工事の現場責任者である丁に対しても甲の直接の被用者と同様の指揮監督をしていた場合には、甲は丁がその工事の施行中機械の操作をあやまつた過失によりともに作業をしていた戊に損害を与えた行為につき使用者としての責任を負担する。
  22. 約束手形金請求(最高裁判決 昭和45年5月22日) 民法第709条,手形法第43条
    偽造手形の取得者の損害賠償請求権と手形法上の遡求権との関係
    対価を支払つて偽造手形を取得した手形所持人は、その出捐と手形偽造行為との間に相当因果関係が認められるかぎり、その出捐額につき、ただちに損害賠償請求権を行使することができ、手形の所持人としてその前者に対し手形法上の遡求権を有することによつては、損害賠償の請求を妨げられることはない。
  23. 損害賠償請求(最高裁判決  昭和46年6月22日)
    被用者が事業の執行につき第三者に加えた損害にあたるとされた事例
     すし屋の店員二名が、使用者所有の自動車を運転し、またはこれに同乗して、出前に行く途中、右自動車の方向指示器を点燈したまま直進したため、これと衝突しそうになつた他の自動車の運転者と口論になり、そのあげく同人に対し暴行を加えて負傷させた場合、これによつて同人の被つた損害は、被用者が事業の執行につき加えた損害にあたるというべきである。
  24. 損害賠償請求(最高裁判決  昭和48年2月16日)商法第690条船舶法第35条
    1. 商法690条と民法715条との関係
      商法690条は、民法715条に対する特則として、船長その他の船員がその職務を行なうにあたり故意または過失により他人に加えた損害については、船舶所有者において、当該船員の選任・監督に関する過失の有無にかかわらず、その賠償の責に任ずべき旨を定めたものと解すべきである。
      • 商法690条は民法715条の特別法の関係にあって、本条第1項但書の免責事由の適用を除外する。
        • 商法第690条
          (本判決当時)船舶所有者ハ船長其他ノ船員ガ其職務ヲ行フニ当タリ故意又ハ過失ニ因リテ他人ニ加ヘタル損害ヲ賠償スル責ニ任ズ
          (現在)船舶所有者は、船長その他の船員がその職務を行うについて故意又は過失によって他人に加えた損害を賠償する責任を負う。
    2. 船員が職務を行なうにあたり他人に加えた損害にあたるとされた事例
      漁船の船長兼漁撈長が、海上で右漁船によつて操業中、紛失した漁網の補充の用にあてて操業を継続するため、付近で操業中の他の漁船の漁網を窃取した場合、これによつて右漁網の所有者の被つた損害は、船員が職務を行なうにあたり他人に加えた損害にあたる。
  25. 預金返還等請求(最高裁判決  昭和50年1月30日) 民法第666条
    信用組合の内規に反し職員外の者が職員を通じてした職員定期預金の払戻に関する右職員の行為と民法715条の事業の執行
    信用組合が職員に対して職員外の者に職員定期預金を利用させることを禁止しているのを知りながら職員外の者が右組合の営業部預金課員の勧誘により同人を通じて右定期預金をした場合でも、職員定期預金でなければ預金をしないことが明らかであつた等特段の事情のないかぎり、右預金契約は一般定期預金として有効に成立し、右預金の払戻に関する右職員の行為は、その限度において組合の事業の執行にあたると解すべきである。
  26. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和51年07月08日) 民法第1条2項,民法第709条
    使用者がその事業の執行につき被用者の惹起した自動車事故により損害を被つた場合において信義則上被用者に対し右損害の一部についてのみ賠償及び求償の請求が許されるにすぎないとされた事例
    石油等の輸送及び販売を業とする使用者が、業務上タンクローリーを運転中の被用者の惹起した自動車事故により、直接損害を被り、かつ、第三者に対する損害賠償義務を履行したことに基づき損害を被つた場合において、使用者が業務上車両を多数保有しながら対物賠償責任保険及び車両保険に加入せず、また、右事故は被用者が特命により臨時的に乗務中生じたものであり、被用者の勤務成績は普通以上である等判示の事実関係のもとでは、使用者は、信義則上、右損害のうち四分の一を限度として、被用者に対し、賠償及び求償を請求しうるにすぎない。
  27. 損害賠償(最高裁判決 昭和52年9月22日)
    会社の従業員が自家用車を用いて出張中に惹起した交通事故につき会社の使用者責任が否定された事例
    甲会社の従業員乙が社命により県外の工事現場に出張するについて乙の自家用車を用いて往復し、その帰途交通事故を惹起した場合において、甲会社では、右事故の七か月前に開催された労働安全衛生委員会の定例大会の席上、従業員に対し、自家用車を利用して通勤し又は工事現場に往復することを原則として禁止し、県外出張の場合にはできる限り汽車かバスを利用し、自動車を利用するときは直属課長の許可を得るよう指示しており、乙は、このことを熟知していて、これまで会社の業務に関して自家用車を使用したことがなく、本件出張についても特急列車を利用すれば午後九時半ころまでには目的地に到達することができ、翌朝出張業務につくのに差支えがないにもかかわらず、自家用車を用いることとし、自家用車の利用等所定の事項につき会社に届け出ることもせずに出発した等、原判示の事情のもとにおいては、乙が右出張のため自家用車を運転した行為は、甲会社の業務の執行にあたらない。
    (参考) 損害賠償(最高裁判決 昭和52年12月22日)
    会社の従業員がその所有自動車を運転し会社の工事現場から自宅に帰る途中で起こした事故につき会社に自動車損害賠償保障法3条による運行供用者責任が認められた事例
    会社の従業員が通勤のため利用しているその所有自動車を運転し、会社の工事現場から自宅に帰る途中で事故を起こした場合において、従業員がその所有自動車を会社の承認又は指示のもとに会社又は自宅と工事現場との間の往復等会社業務のためにもしばしば利用し、その利用に対して会社から手当が支給されており、事故当日右従業員が右自動車で工事現場に出かけたのも会社の指示に基づくものであるなど、判示の事情があるときは、会社は、右事故につき、自動車損害賠償保障法3条による運行供用者責任を負う。
  28. 損害賠償本訴、同反訴(最高裁判決  昭和56年11月27日)
    兄が弟に兄所有の自動車を運転させこれに同乗して自宅に帰る途中で発生した交通事故につき兄弟間に民法715条1項にいう使用者・被用者の関係が成立していたとされた事例
    兄が、その出先から自宅に連絡して弟に兄所有の自動車で迎えに来させたうえ、弟に右自動車の運転を継続させ、これに同乗して自宅に帰る途中で交通事故が発生した場合において、兄が右同乗中助手席で運転上の指示をしていた等判示の事情があるときは、兄と弟との間には右事故当時兄を自動車により自宅に送り届けるという仕事につき、民法715条1項にいう使用者・被用者の関係が成立していたと解するのが相当である。
  29. 損害賠償(最高裁判決 昭和57年4月1日)国家賠償法第1条1項
    1. 公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめたが具体的な加害行為を特定することができない場合と国又は公共団体の損害賠償責任
      国又は公共団体に属する一人又は数人の公務員による一連の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに故意又は過失による違法行為があつたのでなければ右の被害が生ずることはなかつたであろうと認められ、かつ、それがどの行為であるにせよ、これによる被害につき専ら国又は当該公共団体が国家賠償法上又は民法上賠償責任を負うべき関係が存在するときは、国又は当該公共団体は、加害行為の不特定の故をもつて右損害賠償責任を免れることはできない。
    2. 保健所に対する国の嘱託に基づいて国家公務員の定期健康診断の一環としての検診を行つた保健所勤務の医師の行為に過誤があつた場合と受診者に対する国の損害賠償責任の有無
      保健所に対する国の嘱託に基づいて地方公共団体の職員である保健所勤務の医師が国家公務員の定期健康診断の一環としての検診を行つた場合において、右医師の行つた検診又はその結果の報告に過誤があつたため受診者が損害を受けても、国は、国家賠償法1条1項又は民法715条1項の規定による損害賠償責任を負わない。
      • 検診等の行為を公権力の行使にあたる公務員の職務上の行為と解することは相当でない。
      • 検診等の行為が林野税務署長の保健所への嘱託に基づき訴外岡山県の職員である同保健所勤務の医師によつて行われたものであるとすれば、右医師の検診等の行為は右保健所の業務としてされたものというべきであつて、たとえそれが林野税務署長の嘱託に基づいてされたものであるとしても、そのために右検診等の行為が上告人国の事務の処理となり、右医師があたかも上告人国の機関ないしその補助者として検診等の行為をしたものと解さなければならない理由はない。
  30. 約束手形金、民訴法198条2項の原状回復申立(最高裁判決 昭和61年11月18日)
    被用者のした手形偽造行為が民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」した行為に当たるとされた事例
    道路舗装工事の請負等を業とする株式会社甲の支店としての実質を有する戊営業所の所長乙の依頼に基づき、丙が、所長代理の肩書で同営業所に常駐し、主として官公庁発注の道路舗装工事について、入札業務、営業所長名義による請負契約の締結、工事代金の回収など、乙の権限に属する業務に従事し、右工事代金の回収等のための約束手形の授受をもその職務とし、入札参加書類等の作成のため営業所長印を任意使用することを任せられていた場合には、丙が、右営業所の取引先であり、自ら経営の実権を握つていた丁の資金繰り等のため、丁振出の約束手形を取引先に割り引かせて資金を作る目的のもとに、丁振出の約束手形に、右営業所長印等を冒用して「甲株式会社戊営業所長乙」名義の裏書を偽造したうえ、自己名義の第二裏書をして右手形を割引のため第三者に交付した行為は、甲の内部規程上は乙に手形行為の権限が与えられていなかつたとしても、その行為の外形から客観的に観察すると丙の職務の範囲内の行為というべきであり、民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされたものと認めるのが相当である。
  31. 損害賠償請求本訴、同反訴(最高裁判決 昭和63年7月1日)
    被用者と第三者との共同不法行為による損害を賠償した第三者からの使用者に対する求償権の成否
    被用者と第三者との共同不法行為により他人に損害を加えた場合において、第三者が自己と被用者との過失割合に従つて定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したときは、第三者は、被用者の負担部分について使用者に対し求償することができる。
  32. 求償金(最高裁判決 平成3年10月25日)
    1. 共同不法行為の加害者の各使用者間における求償権の成立する範囲
      共同不法行為の加害者の各使用者が使用者責任を負う場合において、一方の加害者の使用者は、当該加害者の過失割合に従って定められる自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、他方の加害者の使用者に対し、当該加害者の過失割合に従って定められる負担部分の限度で、求償することができる。
    2. 加害者の複数の使用者間における各使用者の負担部分
      加害者の複数の使用者が使用者責任を負う場合において、各使用者の負担部分は、加害者の加害行為の態様及びこれと各使用者の事業の執行との関連性の程度各使用者の指揮監督の強弱などを考慮して定められる責任の割合に従って定めるべきである。
    3. 加害者の複数の使用者間における求償権の成立する範囲
      加害者の複数の使用者が使用者責任を負う場合において、使用者の一方は、自己の負担部分を超えて損害を賠償したときは、その超える部分につき、使用者の他方に対し、その負担部分の限度で、求償することができる。
  33. 預託金返還請求、民訴法第一九八条二項の申立(最高裁判決 平成9年04月24日)民法第708条,民法第709条,証券取引法(平成3年法律第96号による改正前のもの)50条1項,証券会社の健全性の準則等に関する省令(昭和40年大蔵省令第60号。平成3年大蔵省令第55号による改正前のもの)1条
    証券会社の従業員が顧客に利回り保証の約束をして株式等の取引を勧誘し一連の取引をさせた場合に右取引による顧客の損失について証券会社が不法行為責任を免れないとされた事例
    証券会社の営業部員が、株式等の取引の勧誘をするに際し、取引の開始を渋る顧客に対し、法令により禁止されている利回り保証が会社として可能であるかのように装って利回り保証の約束をして勧誘し、その旨信じた顧客に取引を開始させ、その後、同社の営業部長や営業課長も右約束を確認するなどして取引を継続させ、これら一連の取引により顧客が損失を被ったもので、顧客が右約束の書面化や履行を求めてはいるが、自ら要求して右約束をさせたわけではないなど判示の事実関係の下においては、顧客の不法性に比し、証券会社の従業員の不法の程度が極めて強いものと評価することができ、証券会社は、顧客に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を免れない。
  34. 損害賠償請求事件(通称 電通損害賠償)(最高裁判決 平成12年03月24日)民法第709条,民法第722条2項
    長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり患し自殺した場合に使用者の民法715条に基づく損害賠償責任が肯定された事例
    大手広告代理店に勤務する労働者甲が長時間にわたり残業を行う状態を一年余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、甲は、業務を所定の期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にその遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない状態になっていたものであって、甲の上司は、甲が業務遂行のために徹夜までする状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いていながら、甲に対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採らず、その結果、甲は、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘因となってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至ったなど判示の事情の下においては、使用者は、民法715条に基づき、甲の死亡による損害を賠償する責任を負う。
  35. 債務不存在確認請求事件(最高裁判決  平成15年3月25日)
    郵便局に所属する保険外務員が簡易保険の契約者に対し虚偽の事実を述べて資金の融通を受けることによって同契約者に加えた損害が民法715条1項にいう「被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害」に当たらないとされた事例
     郵便局に所属する保険外務員が,簡易保険の契約者に対し,他の顧客に届けるべき満期保険金を盗まれ,これをその日のうちに届けなければ勤務先に発覚して免職になるなどの虚偽の事実を述べ,同契約者が簡易保険の契約者貸付けの方法により借り受けた資金の融通を受けることによって同契約者に加えた損害は,民法715条1項にいう「被用者カ其事業ノ執行ニ付キ第三者ニ加ヘタル損害」に当たらない。
  36. 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成16年11月12日)
    1. 階層的に構成されている暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立しているとされた事例
      階層的に構成されている暴力団が,その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし,下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認していたなど判示の事情の下では,同暴力団の最上位の組長と下部組織の構成員との間に同暴力団の威力を利用しての資金獲得活動に係る事業について民法715条1項所定の使用者と被用者の関係が成立している。
    2. 階層的に構成されている暴力団の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為が民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」した行為に当たるとされた事例
      階層的に構成されている暴力団の下部組織における対立抗争においてその構成員がした殺傷行為は,同暴力団が,その威力をその暴力団員に利用させることなどを実質上の目的とし,下部組織の構成員に対しても同暴力団の威力を利用して資金獲得活動をすることを容認し,その資金獲得活動に伴い発生する対立抗争における暴力行為を賞揚していたなど判示の事情の下では,民法715条1項にいう「事業ノ執行ニ付キ」されたものに当たる。

参考文献

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前条:
民法第714条
(責任無能力者の監督義務者等の責任)
民法
第3編 債権
第5章 不法行為
次条:
民法第716条
(注文者の責任)
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