法学民事法民法コンメンタール民法第3編 債権

条文 編集

損害賠償の方法、中間利息の控除及び過失相殺

第722条
  1. 第417条及び第417条の2の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。
  2. 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。

改正経緯 編集

2017年改正において、以下のとおり改正。

見出し

(改正前)損害賠償の方法及び過失相殺
(改正後)損害賠償の方法、中間利息の控除及び過失相殺

第1項

(改正前)第417条の規定は
(改正後)第417条及び第417条の2の規定は

解説 編集

第1項 編集

不法行為においては原状回復ではなく金銭賠償が原則である(第417条)。名誉毀損の場合は例外的に原状回復としての謝罪広告等の請求が認められている(第723条)。
既に発生した損害については、支払われるまで法定利息が付利される一方、将来利益については法定利率による中間利息が控除される(第417条の2)。
損害賠償の支払い方法については一時金賠償が一般的であるが、後遺障害がある場合など事案によっては定期金賠償によることも可能である(最判昭和62年02月06日民事訴訟法第117条)。
不法行為が将来にわたって継続することが予想される場合であっても、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができないなどの事情の下では請求権としての適格性を有しない(最判昭和56年12月16日)。

第2項 編集

本項は不法行為における過失相殺について定める。すなわち、「被害者に過失があったとき」には、それを勘案して、加害者の賠償責任を減額することが可能であるとする。
過失相殺については、債務不履行と異なり、その相殺は義務的ではない。
民法第416条の損害賠償の範囲の規定については、この条文に準用規定が存在せず問題になるが、通説はこれも不法行為に類推されると解している。ただし、これを否定する見解もある。否定説の根拠は、第416条は予見可能性の有無で損害賠償の範囲を決めているが、偶発性の高い不法行為には予見可能性の要求は妥当でない点にある。
「被害者に過失があったとき」という要件について解釈の余地がある。

過失相殺能力 編集

被害者に過失を認めるためには、被害者の事理弁識能力を前提とする。たとえば、幼児が突然道路に飛び出したために交通事故に遭ったとしても、幼児には事理弁識能力がないから、幼児の過失を認めて過失相殺することはできない。ただし、この場合、未成年者は事理弁識能力を具えていれば足り、行為能力までも具えていることを要しない
最判昭和39年06月24日
民法722条2項の過失相殺の問題は、不法行為者に対し積極的に損害賠償責任を負わせる問題とは趣を異にし、不法行為者が(略)、公平の見地から、損害発生についての被害者の不注意をいかにしんしゃくするかの問題に過ぎないのであるから、被害者たる未成年者の過失をしんしゃくする場合においても、未成年者に事理を弁識するに足る知能が具わっていれば足り、未成年者に対し不法行為責任を負わせる場合のごとく、行為の責任を弁識するに足る知能が具わっていることを要しないものと解するのが相当である。

被害者側の過失 編集

条文上は「被害者に過失があったとき」としているが、判例はこれを拡張し、被害者「側」に過失があったときにも過失相殺を認めている。判例は「被害者側」たる者を「被害者と身分上ないし生活関係上一体をなす」者と定義し(最判昭和42年06月27日 判例A)、たとえば夫の運転する車に妻が同乗しており、別の車と衝突して妻が傷害を負った場合に、「被害者側の過失」の法理によれば運転者たる夫に過失があれば、これと加害者の過失とを相殺することができるとされている(最判昭和51年03月25日)。また、幼児の生命を害された慰藉料を請求する父母の一方に、その事故の発生につき監督上の過失があるときは、他の一方にも過失相殺の適用がある(最判昭和34年11月26日)。一方で、被害者たる幼児を監護していた保母の監護上の過失は、被害者の過失にあたらないとした(判例A)。

第2項の類推適用 編集

被害者の素因 編集
被害者側の身体的、心因的素因によって通常より被害が拡大した場合には、これを考慮して賠償額を減額することがある(最判平成12年03月24日)。もっとも「素因」は「過失」ではないので本条の直接適用ではなく類推適用といえる。過失相殺ではなく相当因果関係の判断のなかで被害者の素因を考慮する構成もある。
被害者の素因の法理は、被害者自身に直接の帰責性がないにもかかわらず賠償額を減額するものであるから、その適用には慎重であるべきであるとする学説もある。
好意関係 編集
たとえば、好意で車に同乗させた結果、運転者の過失によって事故に遭い、同乗者が被害を負った場合などに、本条を類推適用し、通常の損害賠償に比べて賠償額を減額すべきであるという考え方である。自動車事故の判例でこの法理を認めるものが多い。また、預かっていた近所の子供が目を離した間に水死したケースにつき、この法理を用いて賠償額の減額を認めた判例はよく知られている(隣人訴訟 津地判昭和58年2月25日)。

損益相殺 編集

不法行為によって損害を被った被害者が、同じ原因によって利益を受けた場合、この利益を損害から控除する場合がある。これを損益相殺という。
ただし、積極侵害又は精神的侵害に対する賠償からは控除できない(最判昭和62年7月10日)。また、保険の支払いなどがあっても損害賠償請求権自体が制限されるものではない(最判昭和37年04月26日
不法行為により発生した利益とされる例 編集
年金保険
年金受給者が死亡した場合、逸失利益は年金受給額によって算定される。一方、遺族は遺族年金を受け取ることができる。判例はこの場合に損益相殺を認め、逸失利益から遺族年金分を控除すべきだとしている(最判平成5年3月24日)。ただし、控除される額は「支給を受けることが確定した」額に限られる。
労災保険
勤務中に不法行為の被害を受けた場合、被害者には労災保険から給付がなされる。この労災保険についても、損益相殺の対象とすることが認められている(最判平成元年04月11日)。
不法行為により発生した利益ではないとされる例 編集
生命保険
被害者が死亡した場合に遺族が受け取る生命保険金は、損益相殺の対象にならないとされる。これは、生命保険金がもともと保険料の対価であり、不法行為と同じ原因から生じた利益とはいえないからである(最判昭和39年9月25日)。
損害保険
物が損害を被った場合には被害者が損害保険金を受け取ることがある。この損害保険金は、損益相殺の対象にはならないとされる(最判昭和50年01月31日)。これも、保険料の対価という性質を有するためである。もっとも、損害保険の種類によっては、保険代位保険法第25条, 旧・商法第622条第1項)が認められており、保険会社は支払った保険金について被害者の加害者に対する損害賠償請求権を獲得する。このため、被害者は事実上、利益の二重取りはできないことになる。
子の養育費
不法行為による子の死亡により、親が相続した子の将来の逸失利益から子の養育に要したであろう費用を控除することはできない(最判昭和53年10月20日)。
不法原因給付として返還請求を免れたもの
損益相殺を認めると実質的に不法原因給付の返還を認めることになるため(最判平成20年6月10日)。

過失相殺と損益相殺の適用順序 編集

過失相殺と損益相殺が競合する場合、まず過失相殺し、次に損益相殺すべきであるというのが判例の見解である(最判平成元年04月11日)。

参照条文 編集

  • 民法第418条(過失相殺)
  • 民法第723条名誉毀損における原状回復)
  • 保険法第25条(請求権代位)
    1. 保険者は、保険給付を行ったときは、次に掲げる額のうちいずれか少ない額を限度として、保険事故による損害が生じたことにより被保険者が取得する債権(債務の不履行その他の理由により債権について生ずることのある損害をてん補する損害保険契約においては、当該債権を含む。以下この条において「被保険者債権」という。)について当然に被保険者に代位する。
      1. 当該保険者が行った保険給付の額
      2. 被保険者債権の額(前号に掲げる額がてん補損害額に不足するときは、被保険者債権の額から当該不足額を控除した残額)
    2. 前項の場合において、同項第1号に掲げる額がてん補損害額に不足するときは、被保険者は、被保険者債権のうち保険者が同項の規定により代位した部分を除いた部分について、当該代位に係る保険者の債権に先立って弁済を受ける権利を有する。

判例 編集

  1. 慰藉料請求(最高裁判決 昭和34年11月26日)
    慰藉料を請求する父母の一方に過失のある場合と民法第722条条第2項
    幼児の生命を害された慰藉料を請求する父母の一方に、その事故の発生につき監督上の過失があるときは、父母の双方に民法第722条条第2項の適用があるものと解すべきである。
  2. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和36年1月24日)
    将来において得べき全利得を損害賠償として一時に支払を受ける場合とホフマン式計算法
    将来数年間に得べき全利得を損害賠償として一時に支払を受けるため、中間利息の控除にホフマン式計算法を用いる場合には、一年ごとに得べき利得が確定されているかぎり、一年ごとに右計算法を適用して算出した金額を合算する方法によるのが相当である。
  3. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和36年1月24日)
    死者の活動年令期の算定。
    死者の活動年令期は、死者の経歴、年令、職業、健康状態その他の具体的事情を考慮して算定することができ、必ずしも統計による生命表の有限平均余命の数値に拘束されない。
  4. 損害賠償並びに慰藉料請求(最高裁判決  昭和37年04月26日)民法第711条民法第717条労働基準法第79条労働基準法第80条労働基準法第84条2項
    1. 労働者災害補償保険法による遺族補償費として受給者の財産的損害額をこえる金額が支給された場合と受給者以外の遺族の財産的損害賠償請求権の有無
      労働者災害補償保険法に基づき妻に支給された遺族補償費の額が、妻の使用者に対して有する不法行為による財産的損害賠償請求権の額をこえる場合でも、妻以外の遺族はそのことと関係なく、使用者に対し、不法行為による財産的損害の賠償を請求することができる。
    2. 労働者災害補償保険法による遺族補償費の受給と遺族の慰藉料請求権の有無
      労働者災害補償保険法に基づき遺族補償費が支給された場合でも、遺族は別に、使用者に対し、不法行為による損害賠償としての慰藉料を請求することができる。
    3. 労働者災害補償保険法による葬祭料の受給と遺族の損害補償請求権の有無
      労働者災害補償保険法に基づき葬祭料が支給された場合でも、不法行為による遺族損害賠償請求権には消長をきたさない。
  5. 損害賠償等請求(最高裁判決  昭和39年06月24日)
    民法第722条第2項により被害者の過失を斟酌するについて必要な被害者の弁識能力の程度。
    民法第722条第2項により被害者の過失を斟酌するには、被害者たる未成年者が、事理を弁識するに足る知能を具えていれば足り、行為の責任を弁識するに足る知能を具えていることを要しないものと解すべきである。
  6. 損害賠償請求(最高裁判決 昭和39年9月25日)旧・商法第673条
    不法行為による死亡に基づく損害賠償額から生命保険金を控除することの適否。
    生命保険金は、不法行為による死亡に基づく損害賠償額から控除すべきでない。
    生命保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払わるべきものであるから、たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人たる被上告人両名に保険金の給付がされたとしても、これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはないと解するのが相当である。
  7. 慰藉料請求(最高裁判決  昭和42年06月27日)
    • 保育園の保母に引率された4歳の幼児が,保母の不注意により道路に飛び出してダンプカーにひかれた事案
    1. 被害者本人が幼児である場合と民法第722条第2項にいう被害者の範囲
      被害者本人が幼児である場合における民法第722条第2項にいう被害者の過失には、被害者側の過失をも包含するが、右にいわゆる被害者側の過失とは、被害者本人である幼児と身分上ないしは生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失をいうものと解するのが相当である。
    2. 同条項にいう被害者の過失にあたらないとされた事例
      保育園の保母が当該保育園の被用者として被害者たる幼児を監護していたにすぎないときは、右保育園と被害者たる幼児の保護者との間に、幼児の監護について保育園側においてその責任を負う旨の取極めがされていたとしても、右保母の監護上の過失は、民法第722条第2項にいう被害者の過失にあたらない。
  8. 損害賠償請求(最高裁判決  昭和45年07月24日)民法第709条民法第149条所得税法第9条1項21号,民訴法235条
    得べかりし利益の喪失による損害額の算定と租税控除の要否
    不法行為の被害者が負傷のため営業上得べかりし利益を喪失したことによつて被つた損害額を算定するにあたつては、営業収益に対して課せられるべき所得税その他の租税額を控除すべきではない。
  9. 損害賠償請求(最高裁判決  昭和48年04月05日)民事訴訟法第186条(現第246条),民事訴訟法224条1項(現第134条2項),民法第709条
    不法行為による損害賠償の一部請求と過失相殺
    不法行為に基づく一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。(訴訟物の個数)
  10. 損害賠償、敷金返還請求(最高裁判決 昭和50年1月31日)民法第415条商法第665条
    不法行為又は債務不履行による家屋焼失に基づく損害賠償額から火災保険金を損益相殺として控除することの適否
    第三者の不法行為又は債務不履行により家屋が焼失した場合、その損害につき火災保険契約に基づいて家屋所有者に給付される保険金は、右第三者が負担すべき損害賠償額から損益相殺として控除されるべき利益にはあたらない。
  11. 損害賠償請求](最高裁判決 昭和51年03月25日)
    夫の運転する自動車に同乗する妻が右自動車と第三者の運転する自動車との衝突により損害を被つた場合において夫にも過失があるときと民法722条2項
    夫の運転する自動車に同乗する妻が右自動車と第三者の運転する自動車との衝突により損害を被つた場合において、右衝突につき夫にも過失があるときは、特段の事情のない限り、右第三者の負担すべき損害賠償額を定めるにつき、夫の過失を民法722条2項にいう被害者の過失として掛酌することができる。
  12. 損害賠償(最高裁判決 昭和52年10月20日)
    不法行為の損害たる弁護士費用と過失相殺の規定の適用
    不法行為による損害たる弁護士費用につき、事案の難易、請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる範囲内のものとして算定された額に対してさらに過失相殺の規定を適用するのは相当でない。
  13. 損害賠償(最高裁判決 昭和53年10月20日)自動車損害賠償保障法第3条
    1. 死亡した幼児の財産上の損害賠償額の算定と将来得べかりし収入額から養育費を控除することの可否
      交通事故により死亡した幼児の財産上の損害賠償額の算定については、幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費の支出を必要としなくなつた場合においても、将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきではない。
    2. 将来得べかりし利益を事故当時の現在価額に換算するための中間利息控除の方法とライプニツツ式計算法
      ライプニツツ式計算法は、交通事故の被害者の将来得べかりし利益を事故当時の現在価額に換算するための中間利息控除の方法として不合理なものとはいえない。
  14. 大阪国際空港夜間飛行禁止等(最高裁判決 昭和56年12月16日)国家賠償法第2条,民法第709条(,民法第720条)
    将来にわたつて継続する不法行為に基づく損害賠償請求権が将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格性を有するとされるための要件
    現在不法行為が行われており、同一態様の行為が将来も継続することが予想されても、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができ、かつ、右権利の成立要件の具備については債権者がこれを立証すべきものと考えられる場合には、かかる将来の損害賠償請求権は、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格性を有しない。
  15. 損害賠償(最高裁判決 昭和62年02月06日)国家賠償法第1条1項,民法第417条,民法第722条1項
    1. 公立学校における教師の教育活動と国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」
      国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教師の教育活動も含まれる。
    2. 損害賠償請求権者が一時金による支払を訴求している場合と定期金による支払を命ずる判決の許否(旧判例)
      損害賠償請求権者が訴訟上一時金による支払を求めている場合には、定期金による支払を命ずる判決をすることはできない。
  16. 損害賠償(最高裁判決 昭和62年7月10日)労働基準法第84条2項,労働者災害補償保険法第12条の4労働者災害補償保険法第14条労働者災害補償保険法第18条厚生年金保険法第40条,厚生年金保険法(昭和60年法律第34号による改正前のもの)47条,民法第710条
    労働者災害補償保険法による休業補償給付若しくは傷病補償年金又は厚生年金保険法による障害年金を被害者の受けた財産的損害のうちの積極損害又は精神的損害から控除することの可否
    労働者災害補償保険法による休業補償給付若しくは傷病補償年金又は厚生年金保険法による障害年金は、被害者の受けた財産的損害のうちの積極損害又は精神的損害から控除すべきでない。
  17. 損害賠償請求事件(最高裁判決  昭和63年04月21日)民法第709条,民法第722条2項
    身体に対する加害行為によつて生じた損害について被害者の心因的要因が寄与しているときと民法722条2項の類推適用
    身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによつて通常発生する程度、範囲を超えるものであつて、かつ、その損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害賠償額を定めるにつき、民法722条2項を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することができる。
  18. 損害賠償請求事件(最高裁判決  平成元年04月11日)民法第709条,労働者災害補償保険法第12条の4
    いわゆる第三者行為災害に係る損害賠償額の算定に当たつての過失相殺と労働者災害補償保険法に基づく保険給付額の控除との先後
    労働者がいわゆる第三者行為災害により被害を受け、第三者がその損害につき賠償責任を負う場合において、賠償額の算定に当たり労働者の過失を斟酌すべきときは、右損害の額から過失割合による減額をし、その残額から労働者災害補償保険法に基づく保険給付の価額を控除するのが相当である。
  19. 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成5年3月24日)民法第709条,地方公務員等共済組合法(昭和60年法律第108号による改正前のもの)78条,地方公務員等共済組合法(昭和60年法律第108号による改正前のもの)93条
    1. 不法行為と同一の原因によつて被害者又はその相続人が第三者に対して取得した債権の額を加害者の賠償額から控除することの要否及びその範囲
      不法行為と同一の原因によつて被害者又はその相続人が第三者に対して損害と同質性を有する利益を内容とする債権を取得した場合は、当該債権が現実に履行されたとき又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるときに限り、これを加害者の賠償すべき損害額から控除すべきである。
    2. 地方公務員等共済組合法(改正前)の規定に基づく退職年金の受給者が不法行為によつて死亡した場合にその相続人が被害者の死亡を原因として受給権を取得した同法の規定に基づく遺族年金の額を加害者の賠償額から控除することの要否及びその範囲
      地方公務員等共済組合法(改正前)の規定に基づく退職年金の受給者が不法行為によつて死亡した場合に、その相続人が被害者の死亡を原因として同法の規定に基づく遺族年金の受給権を取得したときは、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、これを加害者の賠償すべき損害額から控除すべきである。
      • (旧判例) 判例変更ではあるが、元々相続ではなく遺族年金等の受給権者であれば控除もありうるとはしている。
        損害賠償代位請求、損害賠償請求(最高裁判決 昭和50年10月24日)国家公務員等退職手当法第2条1項1号,国家公務員共済組合法第88条,国家公務員災害補償法(昭和41年法律第67号による改正前のもの)15条
        不法行為により死亡した国家公務員の得べかりし利益の喪失による損害賠償債権を相続した右公務員の死亡により遺族に支給される退職手当、遺族年金、遺族補償金の受給権者でない場合と相続した損害賠償債権額から右各給付相当額を控除することの可否
        不法行為により死亡した国家公務員の給与、国家公務員等退職手当法による退職手当、国家公務員共済組合法による退職給付の受給利益喪失による損害賠償債権を相続した者が、右公務員の死亡により遺族に給付される国家公務員等退職手当法による退職手当、国家公務員共済組合法による遺族年金、国家公務員災害補償法による遺族補償金の受給権者でない場合には、右相続人の損害賠償債権額から右各給付相当額を控除すべきではない。
  20. 損害賠償(最高裁判決 平成7年1月30日)商法第3編第10章保険
    被保険自動車に搭乗中交通事故により死亡した者の相続人が受領したいわゆる搭乗者傷害保険の死亡保険金を右相続人の損害額から控除することの要否
    甲車を被保険自動車として締結された保険契約に適用される保険約款中に、被保険自動車に搭乗中の者がその運行に起因する事故により傷害を受けて死亡したときはその相続人に定額の保険金を支払う旨の定めがあり、甲車に搭乗中交通事故により死亡した者の相続人が右保険金を受領した場合、右保険金は、右相続人の損害額から控除すべきではない。
  21. 損害賠償(最高裁判決 平成8年2月23日)労働基準法第84条2項,労働者災害補償保険法第12条の4,労働者災害補償保険法(平成7年法律第35号による改正前のもの)23条1項,労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)1条労働者災害補償保険特別支給金支給規則(昭和49年労働省令第30号)2条
    労働者災害補償保険特別支給金支給規則による特別支給金を被災労働者の損害額から控除することの可否
    労働者災害補償保険特別支給金支給規則による特別支給金は、被災労働者の損害額から控除することができない。
  22. 損害賠償(最高裁判決  平成8年04月25日)民法第416条
    後遺障害による逸失利益の算定に当たり事故後の別の原因による被害者の死亡を考慮することの許否
    交通事故の被害者が後遺障害により労働能力の一部を喪失した場合における逸失利益の算定に当たっては、事故後に別の原因により被害者が死亡したとしても、事故の時点で、死亡の原因となる具体的事由が存在し、近い将来における死亡が客観的に予測されていたなどの特段の事情がない限り、死亡の事実は就労可能期間の認定上考慮すべきものではない。
  23. 損害賠償(最高裁判決  平成8年05月31日 )民法第416条
    1. 交通事故の被害者がその後に第二の交通事故により死亡した場合に最初の事故の後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たり被害者の死亡を考慮することの許否
      交通事故の被害者がその後に第二の交通事故により死亡した場合、最初の事故の後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たっては、死亡の事実は就労可能期間の算定上考慮すべきものではない。
    2. 交通事故の被害者が事故後に死亡した場合に後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たり死亡後の生活費を控除することの許否
      交通事故の被害者が事故後に死亡した場合、後遺障害による財産上の損害の額の算定に当たっては、事故と被害者の死亡との間に相当因果関係がある場合に限り、死亡後の生活費を控除することができる。
  24. 損害賠償請求事件(最高裁判決  平成11年10月22日)国民年金法第30条厚生年金保険法第47条国民年金法第35条1号,厚生年金保険法第53条1号,民法第896条国民年金法第33条の2厚生年金保険法第50条の2国民年金法第37条厚生年金保険法第58条
    障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合にその相続人がする損害賠償請求において当該相続人が受給権を取得した遺族基礎年金及び遺族厚生年金を控除すべき損害の費目
    障害基礎年金及び障害厚生年金の受給権者が不法行為により死亡した場合に、その相続人が被害者の死亡を原因として遺族基礎年金及び遺族厚生年金の受給権を取得したときは、当該相続人がする損害賠償請求において、支給を受けることが確定した右各遺族年金は、財産的損害のうちの逸失利益から控除すべきである。
  25. 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成11年12月20日)民法第416条
    交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合に死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することの可否
    交通事故の被害者が事故のため介護を要する状態となった後に別の原因により死亡した場合には、死亡後の期間に係る介護費用を右交通事故による損害として請求することはできない。
  26. 損害賠償請求事件(通称 電通損害賠償)(最高裁判決 平成12年03月24日)民法第709条,民法第715条
    業務の負担が過重であることを原因として心身に生じた損害につき労働者がする不法行為に基づく賠償請求において使用者の賠償額を決定するに当たり右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることの可否
    業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生又は拡大に右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が寄与した場合において、右性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときは、右損害につき使用者が賠償すべき額を決定するに当たり、右性格等を、民法722条2項の類推適用により右労働者の心因的要因としてしんしゃくすることはできない。
  27. 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成13年03月13日)民法第722条2項
    1. 交通事故と医療事故とが順次競合し運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において各不法行為者が責任を負うべき損害額を被害者の被った損害額の一部に限定することの可否
      交通事故と医療事故とが順次競合し,そのいずれもが被害者の死亡という不可分の一個の結果を招来しこの結果について相当因果関係を有する関係にあって,運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において,各不法行為者は被害者の被った損害の全額について連帯責任を負うべきものであり,結果発生に対する寄与の割合をもって被害者の被った損害額を案分し,責任を負うべき損害額を限定することはできない。
    2. 交通事故と医療事故とが順次競合し運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合の各不法行為者と被害者との間の過失相殺の方法
      交通事故と医療事故とが順次競合し,そのいずれもが被害者の死亡という不可分の一個の結果を招来しこの結果について相当因果関係を有する関係にあって,運転行為と医療行為とが共同不法行為に当たる場合において,過失相殺は,各不法行為の加害者と被害者との間の過失の割合に応じてすべきものであり,他の不法行為者と被害者との間における過失の割合をしんしゃくしてすることは許されない。
  28. 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成16年12月20日)厚生年金保険法第58条
    不法行為により死亡した被害者の相続人がする損害賠償請求において当該相続人が受給権を取得した遺族厚生年金を控除すべき逸失利益の範囲
    不法行為により死亡した被害者の相続人がその死亡を原因として遺族厚生年金の受給権を取得したときは,当該相続人がする損害賠償請求において,支給を受けることが確定した遺族厚生年金を給与収入等を含めた逸失利益全般から控除すべきである。
  29. 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成20年6月10日)民法第708条,(2につき)出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律(平成15年法律第136号による改正前のもの)5条2項
    1. 社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為に該当する不法行為の被害者が当該醜悪な行為に係る給付を受けて利益を得た場合に,被害者からの損害賠償請求において同利益を損益相殺等の対象として被害者の損害額から控除することの可否
      社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該醜悪な行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも,民法第708条の趣旨に反するものとして許されない。
    2. いわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で違法に金員を取得する手段として著しく高利の貸付けの形をとって借主に金員を交付し,借主が貸付金に相当する利益を得た場合に,借主からの不法行為に基づく損害賠償請求において同利益を損益相殺等の対象として借主の損害額から控除することは,民法708条の趣旨に反するものとして許されないとされた事例
      いわゆるヤミ金融の組織に属する業者が,借主から元利金等の名目で違法に金員を取得して多大の利益を得る手段として,年利数百%〜数千%の著しく高利の貸付けという形をとって借主に金員を交付し,これにより,当該借主が,弁済として交付した金員に相当する損害を被るとともに,上記貸付けとしての金員の交付によって利益を得たという事情の下では,当該借主から上記組織の統括者に対する不法行為に基づく損害賠償請求において同利益を損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として当該借主の損害額から控除することは,民法第708条の趣旨に反するものとして許されない。

参考文献 編集


前条:
民法第721条
(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力)
民法
第3編 債権
第5章 不法行為
次条:
民法第723条
(名誉毀損における原状回復)
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