民法第415条
条文編集
- 第415条
- 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
- 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
- 一 債務の履行が不能であるとき。
- 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
- 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
改正経緯編集
2017年改正前の条文は以下のとおり。
- 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
- 債務不履行に加え、「履行不能」の場合も含むことを明示した。
- 債務者の帰責事由の要件を限定した。
- 判例・通説であった『填補賠償』を条文化した。
解説編集
債務者が債務を履行しないときの損害賠償について定める。客観的要件として債務不履行の事実と、それと因果関係ある損害の発生、主観的要件として債務者の帰責事由を要求する。効果は損害賠償請求である。不法行為による賠償請求に比べ、損害賠償者の主観的要件の証明が軽減される。
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときとは編集
例えば、AとBが売買契約(民法第555条)を結んだとき、それによって発生する債務は次のようになる。
「債務者である小売商Aは、平成10年10月10日までに債権者Bに対し米10キロをBの住所において引き渡さなければならない」
そこで具体的な内容となるのは「いつ(=平成10年10月10日まで)」「どこで(=Bの住所)」「誰が(=小売商A)」「何を(=米10キロ)」「誰に(B)」「どうする(渡す)」か、というものである。無論日時や場所については契約で詳細に定めないこともあるだろう。その場合は当事者の合理的意思を解釈したり、法律によって補充・規定したりするわけである(目的物について401条・402条・482条・483条、時期について412条、履行者について446条・474条、履行の相手方について478条・479条・480条、場所について484条・485条但書等)。債務者がこの債務内容を満たさないとき債権者には損害賠償請求権という新たな債権が発生する。しかしながら、例えば本事例において精米していないゴキブリ入りの米8キロを平成10年の10月5日に債務者の事務所に持参したところで、直ちに損害賠償請求ができるようになるわけではない。債権者が受領を拒絶してまともな米(本事例で当事者の合理的意思解釈としては精米された清潔なものを対象とするのは当然である)をよこせと催告すれば、債務者としてはなお、期日までに債務の内容通りの履行をするかもしれず、この未精米の米8キロを持参するという行為によって債権者に損害が生ずるとは限らないからである。しかし、Aが任意に受け取ってしまえばこれによって余計な手間や金銭的損害(買い主側の代金支払い債務が当然に消滅ないし縮減されるわけではないため)を発生させるであろうし、履行期が到来していなくともその米が特殊な高級品であり、市場からの調達が不可能になったような場合にはその時点で債務不履行が確定し、債務者にはそれによる損害が発生する場合がありうる。このことから、学説及び判例は415条における損害を発生させるべき債務不履行の態様を履行期に履行がなされなかったという履行遅滞、履行自体はなされたが時期・場所・方法・目的物につき債務内容に適合していなかったという不完全履行(民法は誰が誰にという問題については弁済の有効性の問題として扱う)、そして履行不能(415条後段)という三つに分類して考察する。確かに415条の文言上は履行不能を他と区別するに止まるが、民法の他の条文においては「履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う」(民法第412条3項)などとしており、履行遅滞と他の債務不履行との条文上の区別はなされているとも言える。
履行遅滞編集
履行が可能であること編集
履行期を過ぎていること編集
同時履行の抗弁権や留置権が無いこと編集
伝統的には、違法性が無いことと言い換える。
不完全履行編集
引渡債務の場合編集
欠陥あるものを引き渡した場合編集
引き渡したものから損害が他へ拡大した場合編集
行為債務の場合編集
結果債務編集
手段債務編集
契約上の義務の拡大編集
契約に直接含まれない安全配慮義務編集
不法行為との違い編集
契約プロセスにおける当事者間の注意義務編集
契約締結前編集
契約終了後編集
債務の履行が不能であるときとは編集
履行不能編集
債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときとは編集
倉庫が放火されたとき
これによって生じた損害とは編集
発生した損害と債務不履行の事実との間に因果関係があることが要件となる。
この点につき、民法第416条が債務不履行時の損害賠償の範囲について定めている。
損害賠償要件の例外編集
金銭債務の特則編集
当事者の特約編集
賠償を請求とは編集
損害賠償の方法編集
民法第417条が金銭賠償の原則を定める。
損害賠償の減額編集
過失相殺編集
民法第418条が損害賠償の減額について定める。
損益相殺編集
- 建築業者であるAはSとの間に建物の建築請負契約を結んだが、注文者Sの責めに帰すべき事由によって工場に着工できなくなったため契約を解除し報酬を得ることはできなかったものの、材料費などのコストは支出せずに済んだ。
債務不履行によって債権者がα損害のみならずβ利益(消極的利益を含む)をも得た場合、全ての損害分を債務者に賠償させるのは当事者の公平に反するので、利益分は差し引いた分だけを賠償の対象とすべきという原則がある(民法第536条2項類推)。損益相殺といい実務上確立している。
脚注編集
参考文献編集
- 内田貴「民法Ⅲ 債権総論・担保物権」
参照条文編集
- 民法第709条(不法行為による損害賠償)
判例編集
- 損害賠償請求 (最高裁判決 昭和28年10月15日) 民法第545条3項
- 損害賠償等請求 (最高裁判決 昭和28年12月18日) 民法第416条,民法第541条,民法第545条,民訴法第2編第3章第3節鑑定,民訴法394条
- 売買代金返還請求 (最高裁判決 昭和34年09月17日) 民法第612条
- 不動産売買契約解除確認等請求 (最高裁判決 昭和35年04月21日)
- 不動産の二重売買の場合において、売主の一方の買主に対する債務は、特段の事情のないかぎり、他の買主に対する所有権移転登記が完了した時に履行不能になる。
- 売掛代金請求(最高裁判決 昭和47年01月25日)民法第570条,商法第526条
- 土地明渡請求 (最高裁判決 昭和35年06月21日)
- 約束手形金請求 (最高裁判決 昭和36年12月15日)民法第541条,民法第570条
- 自動車所有権確認等請求 (最高裁判決 昭和39年10月29日)民法第416条,民法第708条,道路運送法第4条1項
- 手附金返還請求 (最高裁判決 昭和41年03月22日) 民法第533条
- 損害賠償等請求(最高裁判決 昭和41年09月08日) 民法第561条
- 所有権移転登記及び仮登記抹消登記手続請求 (最高裁判決 昭和46年12月16日)民法第543条
- 損害賠償、敷金返還請求(最高裁判決 昭和50年01月31日)民法第709条,商法第665条
- 損害賠償(最高裁判決 昭和55年12月18日)民法第412条
- 損害賠償(通称 自衛隊員遺族損害賠償) (最高裁判決 昭和56年02月16日)民法第1条2項
- 損害賠償 (最高裁判決 昭和59年04月10日)民法第623条
- 損害賠償並びに民訴法一九八条二項による返還及び損害賠償 (最高裁判決 平成6年02月22日)じん肺法第4条,じん肺法第13条,民法第166条1項,民訴法394条
- 取締役の責任追及(最高裁判決 平成5年09月09日)商法(昭和56年法第律第74号による改正前のもの)210条,商法第254条3項,商法第266条1項5号,民法第644条
- 損害賠償 (最高裁判決 平成7年04月25日)民法第709条
- 損害賠償 (最高裁判決 平成7年06月09日)民法第709条
- 損害賠償 (最高裁判決 平成9年02月25日)民法第709条,民訴法185条,民訴法394条
- 損害賠償 (最高裁判決 平成8年01月23日)民法第709条
- 損害賠償請求事件 (最高裁判決 平成13年11月27日)
- 損害賠償請求事件 (最高裁判決 平成14年09月24日)
- 保険金請求事件 (最高裁判決 平成15年12月09日) 商法第629条,民法第709条,民法第710条,保険募集の取締に関する法律第11条1項
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成16年01月15日)
- 損害賠償請求事件(最高裁判決 平成19年04月03日)民訴法247条
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