民法第375条
条文
編集(抵当権の被担保債権の範囲)
- 第375条
- 抵当権者は、利息その他の定期金を請求する権利を有するときは、その満期となった最後の2年分についてのみ、その抵当権を行使することができる。ただし、それ以前の定期金についても、満期後に特別の登記をしたときは、その登記の時からその抵当権を行使することを妨げない。
- 前項の規定は、抵当権者が債務の不履行によって生じた損害の賠償を請求する権利を有する場合におけるその最後の2年分についても適用する。ただし、利息その他の定期金と通算して2年分を超えることができない。
解説
編集抵当権の被担保債権の範囲についての規定である。被担保債権本体に加えて、利息や遅延損害金が発生する場合も抵当権による担保の対象となるが、これに制限を加えた。
典型例
編集- SはAに1000万円を借り自らの所有する不動産に一番抵当権を設定したが、他にもB・C・Dに対し多額の借金があり2年後の弁済期にAに債務を返済することができないままさらに1年が経過した。利息は年1割、遅延損害金は年2割であった。
- この時点でSがAに支払うべき債務総額は1400万円であるが、抵当権が担保できるのは元本1000万円、利息100万円、遅延損害金200万円の計1300万円となる。
制度趣旨
編集なぜこのような制度があるのか。後順位抵当権者(373条)や一般債権者保護のための規定だと言われる。無制限に利息や遅延損害金を担保するならば、被担保債権額が著しく増大する可能性があるため第三者に不測の損害を与えるからというのである。
- SはAに1000万円を借り自らの所有する不動産(2500万円相当)に一番抵当権を設定してこれ(被担保債権額が1000万円あること、利息は年1割5分である事、弁済期に弁済しなかった場合の遅延損害金は年1割5分の1・46倍(利息制限法4条1項)であること)を登記した。3年後さらにBは登記を調べた上でSに1000万円を貸し、Sは同不動産に二番抵当権を設定した。その後Bが抵当権を実行したとき、SはAの債権について利息と遅延損害金を全く払っていないことが明らかとなった。
- 本事例において375条が無いと、一番抵当権者Aの取り分が非常に多くなり二番抵当権者の利益は著しく害されてしまう。しかも、弁済期が到達していれば利息は遅延損害金に転化してさらに増大するわけであるが、利息の支払いが滞納しているか、またいつ弁済期が到来するのかは登記からではわからない(不動産登記法は被担保債権の弁済期を抵当権の登記事項として要求していない)。そこで利息・遅延損害金の担保範囲を2年に限定すれば、最大でも1000万円+1000万円×0.15×1.46×2=1438万円がAの一番抵当権による被担保債権額となる(2500万円から残りが1062万円である)とわかる。よってBは不測の損害を被らずに済む。
- SはAに1000万円を借り自らの所有する不動産に一番抵当権を設定したが、利息を4年間にわたって滞納した。SはBからも500万円を借り同不動産に二番抵当権を設定、その後Aは4年分の利息に付き特別の登記をした。さらにその後SはCからも100万円を借り同不動産に三番抵当権を設定した。
- 抵当権者は全ての利息・遅延損害金を抵当権で担保できないというわけではない。たとえばこの事例の場合、通常Aは2年分の利息しか優先的に受け取ることしかできない。しかし、ただし、それ以前についても、満期後に特別の登記をしたときは一番抵当権の優先的効力を4年分に及ぼすことができる(本条1項但書)。しかしその効果が発生するのはその登記の時からである。この事例では二番抵当権者Bが出現した後に特別の登記をしているため、Cに対してしかこの優先的効力を対抗することはできない。375条は第三者に不測の損害を及ぼさないための規定だからである。
債権額そのものは縮減しない
編集- SはAに1000万円を借り自らの所有する不動産に一番抵当権を設定した。利息は年1割、遅延損害金は年2割であった。他にもB・C・Dに対し多額の借金があり2年後の弁済期にAに債務を返済することができないままさらに1年が経過し、SはAに対し1300万円を支払った。
- この場合、抵当権の被担保債権額は特別の登記が無い以上1300万円を超えることができないとはいえ、AのSに対する消費貸借契約に基づく債権額までが減るわけではない。抵当権の効力によって優先的弁済を受けられる範囲が制限されるというだけである。よって1300万円を支払ったところでSは抵当権の消滅を主張することはできず、抵当権は残額100万円について残存する。
他に債権者のいないとき
編集- SはAに1000万円を借り自らの所有する不動産に一番抵当権を設定したが、Aに債務を返済しないまま3年が経過した。
- Aが抵当権を実行したところ、Aの他に配当を受けようとする債権者はいなかった。
- SはAに1000万円を借り、Bは物上保証人として自らの所有する不動産に一番抵当権を設定したが、Aに債務を返済しないまま3年が経過した。Aが抵当権を実行したところ、Aの他に配当を受けようとする債権者はいなかった。
- 本条の趣旨を第三債権者保護のための規定であると理解したとき、本事例では守られるべき第三者は存在しない。したがって競売手続に他の債権者が関与していなければ、本条は―その明文には反するが―適用されないと解されている(通説)。
- SはAに1000万円を借り自らの所有する不動産に一番抵当権を設定しCにこれを売却したが、Aに債務を返済しないまま3年が経過した。Aが抵当権を実行したところ、Aの他に配当を受けようとする債権者はいなかった。
- 目的不動産が債務者から第三取得者にわたった場合についても、通説は同様に本条の適用を否定する。第三取得者は抵当権設定者の有する負担をそのまま承継するのが当然であるという価値判断である。もっとも、抵当権の存在は登録免許税の高さゆえにそれが必ず登記されるわけではなく、保護すべき第三者の中に当該不動産の第三取得者を含ませるべき場合もあるという価値判断もありうる。
- Sは、Aに金銭を借りて自らの持つ不動産に抵当権を設定し、この不動産を自らの経営する法人Bに売却した。
- Sは、Aに金銭を借りて自らの持つ不動産に抵当権を設定し、この不動産を知人Cに売却した。
- Sは、Aに金銭を借りて自らの持つ不動産に抵当権を設定し、抵当権の登記の無い内にこの不動産をDに抵当権が存在しないと誤信させて売却した。
- 通常は、たとえ抵当権を登記しないときといえども登記識別情報(不動産登記法第2条14号·21条·22条)を抵当権者が手元に押さえておく事で設定者が重ねて抵当権を設定したり第三者に譲り渡すことは困難になる。したがっていわば時限爆弾のついた抵当権付きの不動産をわざわざ買うということは売却の形式を採って内輪で所有権を移転させる、何がしかの裏があることがほとんどである。したがってこのような場合は第三取得者と抵当権設定者をほぼ同一視できるので、確かに保護に値する第三者とはいえない。
- しかし、何らかの事情で抵当権付きの不動産を全く関係の無い第三者が掴まされてしまう場合(通常は民法第566条で解除ができるが)、あるいは抵当権付きの不動産であることを承知しつつもうまく言いくるめられて購入してしまったような場合などにも本条の適用を肯定する余地はあるだろう。
最後の二年分とは
編集- SはAから利息1割で1000万円を借り自己の不動産に抵当権を設定した。3年後の弁済期には債務は返済されず、Aは抵当権を実行した。
- SはAから1年目からの利息1割、2年目からの利息1割5分で1000万円を借り自己の不動産に抵当権を設定した。3年後の弁済期には債務は返済されず、Aは抵当権を実行した。
- SはAから1年目からの利息1割、2年目からの利息1割5分で1000万円を借り自己の不動産に抵当権を設定した。3年後の弁済期には債務は返済されず、Aはさらにその一年後抵当権を実行した。
その他の定期金とは
編集地代・家賃は定期金の中に入らないと解釈されている。本条の第三者保護の趣旨にそぐわないからである。
参照条文
編集- 民法第346条(質権の被担保債権の範囲)
- 民法第370条(抵当権の効力の及ぶ範囲)
- 不動産登記法第88条(抵当権の登記の登記事項)
- 企業担保法第9条(民法の準用)
参考文献
編集- 我妻榮「民法案内6担保物権法 下」
- 内田貴「民法Ⅲ 債権総論・担保物権」
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