民法第772条
条文
編集(嫡出の推定)
- 第772条
- 妻が婚姻中に懐胎した子は、当該婚姻における夫の子と推定する。女が婚姻前に懐胎した子であって、婚姻が成立した後に生まれたものも、同様とする。
- 前項の場合において、婚姻の成立の日から200日以内に生まれた子は、婚姻前に懐胎したものと推定し、婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
- 第1項の場合において、女が子を懐胎した時から子の出生の時までの間に二以上の婚姻をしていたときは、その子は、その出生の直近の婚姻における夫の子と推定する。
- 前三項の規定により父が定められた子について、第774条の規定によりその父の嫡出であることが否認された場合における前項の規定の適用については、同項中「直近の婚姻」とあるのは、「直近の婚姻(第774条の規定により子がその嫡出であることが否認された夫との間の婚姻を除く。)」とする。
改正経緯
編集2022年改正にて以下の条文から改正(2024年(令和6年)4月1日施行)。
- 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
- 婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
解説
編集戦後の民法改正においても、明治民法の規定(旧・民法第820条)がそのまま受け継がれている。
婚姻関係が解消された場合、実際に婚姻中に懐胎したか否かを立証することは容易とはいえないため、子の利益のために2項以下の推定規定が置かれている。嫡出性が推定された子については、嫡出否認の訴えによらない限り、父子関係を否定することはできない。
もっとも、父の行方不明や事実上の別居状態にあったなどの事情がある場合は、形式上懐胎期間中に生まれた子であっても、推定は及ばないことになる(推定のおよばない嫡出子)。夫の生殖能力が無いことや、血液型の関係で夫の子ではありえない場合については見解が分かれている。
内縁関係が先行したため婚姻成立から200日以内に生まれた子は、嫡出推定規定の恩恵にあずかれないが、出生と同時に嫡出子の身分を取得する(推定されない嫡出子)と解し(大審院昭和15年1月23日連合部判決民集19巻54頁)、ただし、その父子関係を否定するためには嫡出否認の訴えによるまでもないともするのが判例であった(大審院昭和15年9月20日民集19巻1596頁)。学説上はこの類型の子にも一定の条件を満たせば嫡出性を推定してもよいと考える見解が有力であった。2022年民法改正において、女性の再婚禁止期間に関する民法第733条の削除にあわせて、判例法理その他を取り込んだ改正がなされた。
参照条文
編集- 民法第774条(嫡出の否認)
判決
編集- 子認知請求(最高裁判決 昭和29年01月21日)民事訴訟法第259条、人事訴訟法第31条
- 内縁の妻が懐胎した子と父の推定
- 内縁の妻が内縁関係成立の日から200日後、解消の日から300日以内に分娩した子は民法第772条の趣旨にしたがい内縁の夫の子と推定する。
- 認知請求(最高裁判決 昭和41年02月15日)
- 内縁関係成立の日から200日後婚姻成立の日から200日以内に生まれた子は民法第772条所定の嫡出の推定を受けるか
- 婚姻成立の日から200日以内に生まれた子は、婚姻に先行する内縁関係の成立の日から200日後に生まれたものであつても、民法第772条所定の嫡出の推定は受けない。
- 認知請求(最高裁判決 昭和44年05月29日)
- 婚姻解消後300日以内に出生した子が嫡出の推定を受けないとされた事例
- 離婚による婚姻解消後300日以内に出生した子であつても、母とその夫とが、離婚の届出に先だち約二年半以前から事実上の離婚をして別居し、まつたく交渉を絶つて、夫婦の実態が失われていた場合には、民法772条による嫡出の推定を受けないものと解すべきである。
- 認知請求(最高裁判決 昭和44年11月27日)民法第787条
- 民法772条の類推適用により父性の推定を受ける子についても、認知の訴の提起にあたつては、出訴期間の制限に関する同法787条但書の適用がある。
- 親子関係不存在確認請求事件 (最高裁判決 平成18年7月7日)民法1条3項,人事訴訟法2条2号
- 戸籍上の父母とその嫡出子として記載されている者との間の実親子関係について父母の子が不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断に違法があるとされた事例
- 戸籍上AB夫婦の嫡出子として記載されているYが同夫婦の実子ではない場合において,Yと同夫婦との間に約55年間にわたり実親子と同様の生活の実体があったこと,同夫婦の長女Xにおいて,Yが同夫婦の実子であることを否定し,実親子関係不存在確認を求める本件訴訟を提起したのは,同夫婦の遺産を承継した二女Cが死亡しその相続が問題となってからであること,判決をもって実親子関係の不存在が確定されるとYが軽視し得ない精神的苦痛及び経済的不利益を受ける可能性が高いこと,同夫婦はYとの間で嫡出子としての関係を維持したいと望んでいたことが推認されるのに,同夫婦は死亡しており,Yが養子縁組をして嫡出子としての身分を取得することは不可能であること,Xが実親子関係を否定するに至った動機が合理的なものとはいえないことなど判示の事情の下では,上記の事情を十分検討することなく,Xが同夫婦とYとの間の実親子関係不存在確認請求をすることが権利の濫用に当たらないとした原審の判断には,違法がある。
- 損害賠償請求事件(最高裁大法廷判決平成27年12月16日)憲法14条1項,憲法24条,民法733条,民法772条,国家賠償法1条1項
- 本件規定〔民法733条1項〕のうち100日超過部分については,民法772条の定める父性の推定の重複を回避するために必要な期間ということはできない(かっこ内は注釈)。
- 婚姻費用分担申立て却下審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件(最高裁決定 令和5年5月17日)民法第760条、民法第877条
- 婚姻費用分担審判において、夫とその妻が婚姻後に出産し戸籍上夫婦の嫡出子とされている子であって民法772条による嫡出の推定を受けないものとの間の父子関係の存否を審理判断することなく、夫の上記子に対する上記父子関係に基づく扶養義務を認めた原審の判断に違法があるとされた事例
- 婚姻費用分担審判において、夫とその妻が婚姻後に出産し戸籍上夫婦の嫡出子とされている子であって民法772条による嫡出の推定を受けないものとの間の父子関係の存否は訴訟において最終的に判断されるべきものであることを理由に、上記父子関係の不存在を確認する旨の判決が確定するまで夫は扶養義務を免れないとして、上記父子関係の存否を審理判断することなく、夫の上記子に対する上記父子関係に基づく扶養義務を認めた原審の判断には、違法がある。
参考文献
編集- 『民法(5)親族・相続(第3版)』有斐閣新書(1989年、有斐閣)97頁-104頁(川田昇執筆部分)
- 泉久雄『親族法』(1997年、有斐閣)194頁-204頁
関連項目
編集参考
編集明治民法において、本条には以下の規定があった。趣旨は、民法第737条に継承されたが、2018年改正により削除された。
- 子カ婚姻ヲ為スニハ其家ニ在ル父母ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス但男カ満三十年女カ満二十五年ニ達シタル後ハ此限ニ在ラス
- 父母ノ一方カ知レサルトキ、死亡シタルトキ、家ヲ去リタルトキ又ハ其意思ヲ表示スルコト能ハサルトキハ他ノ一方ノ同意ノミヲ以テ足ル
- 父母共ニ知レサルトキ、死亡シタルトキ、家ヲ去リタルトキ又ハ其意思ヲ表示スルコト能ハサルトキハ未成年者ハ其後見人及ヒ親族会ノ同意ヲ得ルコトヲ要ス
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