刑法第211条
条文
編集(業務上過失致死傷等)
- 第211条
- 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
改正経緯
編集2022年改正
編集2022年、以下のとおり改正(施行日2025年6月1日)。
- (改正前)懲役若しくは禁錮
- (改正後)拘禁刑
2013年改正
編集第2項は、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(平成25年11月27日法律第86号)」の制定に伴い、同法第5条に趣旨を移行し、平成26年5月20日に同法の施行に伴い削除。
2007年改正
編集「危険運転」概念だけでは、交通事犯該当性が曖昧であると認識されたため、「自動車の運転」自身重い注意義務を負っている旨を明示し、第2項を以下のとおり改正。
- 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
2001年改正
編集「危険運転致死傷罪(旧・刑法第208条の2)」の新設に伴い、以下の条項が「危険運転」までに至らない場合、本罪の重複適用を回避すべく新設された。
- 自動車を運転して前項前段の罪を犯した者は、傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
- 「危険運転致死傷罪」新設前は、自動車交通事故の事案については、単なる過失致死傷を適用するには、社会的に求められる注意義務の懈怠に対する懲罰としては軽いとの認識があり、一方で「重過失」の概念が曖昧であったこともあって、本条のうち「業務上過失致死傷」が適用されていた。しかしながら、発生事案が多い本類型に「業務」概念を当てはめることについては違和感もあり(例えば、無免許運転者の事故を「業務上」といえるか)、交通事犯を律する「危険運転致死傷罪」創設に伴い、「自動車の運転」に伴う犯罪類型として分離した。
解説
編集- 「業務」の概念
- 使用局面
- 第35条「法令又は正当な業務による行為は、罰しない。」
- 第37条第2項「前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。」
- 第117条の2(業務上失火等)
- 第129条第2項(過失往来危険)
- 第134条(秘密漏示)- 職業業務
- 「正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたとき」
- 本条
- 第214条(業務上堕胎及び同致死傷)- 職業業務
- 第233条(信用毀損及び業務妨害)
- 第234条(威力業務妨害)
- 第234条の2(電子計算機損壊等業務妨害)
- 第253条(業務上横領)
- 刑事訴訟法第105条(押収と業務上の秘密)- 職業業務
- 刑事訴訟法第149条(業務上の証言拒否権)- 職業業務
- 本条の判例
- 最高裁 昭和33年04月18日判決
- 本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であつて、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるもの。
- 行為者の目的がこれによつて収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わない。
- 最高裁 昭和60年10月21日判決
- 人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれる。
- 最高裁 昭和33年04月18日判決
- 判例から導出される本条における要件
- 社会生活上の地位に基づくこと。
- 適法であるか否かを問わない(免許の必要な業務において無免許も含む)。
- 反復継続性。
- 身体・生命に対して危険な行為であること。
- 社会生活上の地位に基づくこと。
- 使用局面
- 「重大な過失」の概念
- 旧過失論からは、「結果の予見が極めて容易であったため、法益尊重意識の欠如が著しいと判断される場合」(松原芳博・刑法各論2版72頁)、
- 新過失論からは、「注意義務違反の程度が著しい場合」とされる。
- 行為の危険性の増大に伴い、それに関わる者の注意義務も増大するがそれに見合った注意義務を果たしていなかった場合。判断基準がかなり曖昧となるので、「業務」に付会することが多い。
参照条文
編集判例
編集- 業務上過失電車転覆並業務上過失致死同傷害(最高裁判決昭和26年6月7日)刑法第129条
- 刑法第129条第2項、第211条の業務の意義
- 刑法第129条第2項、第211条にいわゆる業務とは、各人が社会生活上の地位に継続して行う事務のことであつて、本務たると兼務たるとを問わない。
- 上司の許可を得ないで列車を運転した場合は業務となるか
- 電車の運転手兼乗務車掌であつて、乗務車掌の業務に従事している者が、上司の許可を得ないで列車の運転をしても、その運転行為をもつて業務上の行為でないとはいえない。
- 刑法第129条第2項、第211条の業務の意義
- 薬事法第違反、業務上過失致死(最高裁判決 昭和28年12月22日)保健婦助産婦看護婦法第5条,保健婦助産婦看護婦法第6条,保健婦助産婦看護婦法第37条
- 看護婦が薬品を間違えて静脈注射しよつて患者を死に致した場合と業務上過失致死罪の成否
- 看護婦が主治医の処方箋によつて、患者に静脈注射をするに際し、注射液の容器に貼付してある標示紙を確認せず、薬品を間違えて注射した過失により、これを死に致したときは、業務上過失致死罪が成立する。
- 国立病院の薬剤師(厚生技官)による製剤と薬事法第35条所定の標示義務
- 被告人は厚生技官であるけれども薬剤師としての技官である。薬剤師が製剤した場合、薬事法所定の標示を為すべき義務があること勿論である。これは病院の使用人として為す場合でも変りはない。所論薬剤科業務分担表によるも右義務を免るべき理由を見出し得ない。
- 国立病院における製剤についても薬事法の適用があるか。
- 国立病院の製剤については薬事法の適用がないと解すべき理由はない。
- 看護婦が薬品を間違えて静脈注射しよつて患者を死に致した場合と業務上過失致死罪の成否
- 贈賄、食糧管理法第違反、業務上過失致死(最高裁決定 昭和32年04月11日)
- 運転免許停止中の自動車運転手と業務上過失致死の罪
- 自動車運転免許一時停止処分を受けていて法令に定められた運転資格がない場合においても、自動三輪車を運転し、自己の不注意によりて他人を死に致した者は、業務上過失致死の罪責を免れない。
- 業務上過失傷害(最高裁決定 昭和33年4月18日)
- 刑法211条の業務の意義
- 刑法211条にいわゆる業務としは、本来人が社会生活上の地位に基き反覆継続して行う行為であつて、かつその行為は他人の生命身体等に危害を加える虞あるものであることを必要とするけれども、行為者の目的がこれによつて収入を得るにあるとその他の欲望を充たすにあるとは問わないと解すべきである。
- 免許を受け反覆継続してなす娯楽のための狩猟行為と刑法第211条の業務
- 銃器を使用してなす狩猟行為の如き他人の生命、身体等に危害を及ぼす虞ある行為を、免許を受けて反覆継続してなすときは、その目的が娯楽のためであつても、なおこれを刑法第211条にいわゆる業務と認むべきである。
- 刑法211条の業務の意義
- 業務上過失致死傷、道路交通取締法第違反(最高裁決定 昭和34年04月23日)
- 自動車運転の業務に従事していたものと認められる事例
- 被告人は第一審判決判事のように自動車の練習並に車洗いのため十数回以上に亘つて小型自動四輪車を運転していたというのであるから予て自動車運転の業務に従事していたものと認めて毫も妨けないものである。
- 自動車運転事故増加当時、加害者の可罰性を鑑みて「業務上過失致死傷」の範囲を拡大する意図があると思われ、交通事犯が分離された現在において、判例として適用しうるかは不明である。
- 業務上過失傷害(最高裁決定 昭和45年09月29日)道路交通法第4条2項
- 信号機による交通整理の行なわれている交差点を通過する自動車運転者の注意義務
- 信号機による交通整理の行なわれている交差点を通過する自動車運転者は、信号機の表示するところに従つて自動車を運転すれば足り、いちいち徐行して左右道路の車両との交通の安全を確認すべき義務はない。
- (一般化)法令等により義務としての注意の程度を軽減する措置が取られている場合は、それに従った行動を取ることで注意義務は充足され、それ以上の注意を求められるものではない。
- 業務上過失致死、同傷害(最高裁決定 昭和63年02月29日 「チッソ水俣病刑事裁判」) 憲法37条1項,刑法54条1項,刑訴法250条,刑訴法253条1項
- 迅速な裁判の保障との関係で公訴提起の遅延がいまだ著しいとまでは認められないとされた事例
- 公訴提起が事件発生から相当の長年月を経過した後になされたとしても、複雑な過程を経て発生した未曾有の公害事犯であつてその解明に格別の困難があつたこと等の特殊事情があるときは、迅速な裁判の保障との関係において、いまだ公訴提起の遅延が著しいとまではいえない。
- 胎児に病変を発生させ出生後死亡させた場合における業務上過失致死罪の成否
- 業務上の過失により、胎児に病変を発生させ、これに起因して出生後その人を死亡させた場合も、人である母体の一部に病変を発生させて人を死に致したものとして、業務上過失致死罪が成立する。
- 結果の発生時期を異にする各業務上過失致死傷罪が観念的競合の関係にある場合の公訴時効
- 結果の発生時期を異にする各業務上過失致死傷罪が観念的競合の関係にある場合につき公訴時効完成の有無を判定するに当たつては、その全部を一体として観察すべきであり、最終の結果が生じたときから起算して同罪の公訴時効期間が経過していない以上、その全体について公訴時効は未完成である。
- 迅速な裁判の保障との関係で公訴提起の遅延がいまだ著しいとまでは認められないとされた事例
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