法学民事法コンメンタール民法第3編 債権 (コンメンタール民法)

条文 編集

相殺の要件等)

第505条
  1. 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債務の性質がこれを許さないときは、この限りでない。
  2. 前項の規定にかかわらず、当事者が相殺を禁止し、又は制限する旨の意思表示をした場合には、その意思表示は、第三者がこれを知り、又は重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗することができる。

改正経緯 編集

2017年改正により、第2項を、以下のものから改正。

前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、その意思表示は、善意の第三者に対抗することができない。

解説 編集

期限の定めの無い債権は、自働債権としても受働債権としてもいつでも相殺できる。

相殺禁止特約については、原則有効・善意の第三者に対抗できない旨が定められていたが、第466条において、債権譲渡特約を原則無効とし、第3項で譲受人等が悪意又は重過失により善意の場合のみに対抗できる旨の改正がなされたことに平仄を合わせ、相殺禁止特約も同様とした。

参照条文 編集

債権の消滅原因
弁済(民法第473条, 民法第492条
弁済以外 代物弁済(民法第482条
供託(民法第494条
相殺(民法第505条
更改(民法第513条
免除(民法第519条
混同(民法第520条
時効(民法第166条

判例 編集

  1. 給料等請求(最高裁判決 昭和31年11月02日)労働基準法第24条
    賃金債権に対する相殺の許否
    用者は、労働者の賃金債権に対しては、損害賠償債権をもつて相殺をすることも許されない。
  2. 家屋収去土地明渡請求 (最高裁判決  昭和32年02月22日)
    抗弁権の附著する債権を自働債権とする相殺の許否
    催告および検索の抗弁権の附著する保証契約上の債権を自働債権とする相殺は、許されない。
  3. 無記名定期預金請求(最高裁判決  昭和32年12月19日)民法第86条3項,民法第467条1項,民法第666条
    1. いわゆる無記名定期預金債権の性質
      いわゆる無記名定期預金債権は無記名債権でなく指名債権に属する。
    2. 無記名定期預金の債権者の判定
      甲が乙に金員を交付して甲のため無記名定期預金の預入れを依頼し、よつて乙がその金員を無記名定期預金として預入れた場合、乙において右金員を横領し自己の預金としたものでない以上、その預入れにあたり、乙が、届出印鑑として乙の氏を刻した印鑑を使用し、相手方の銀行が、かねて乙を知つており、届出印鑑を判読して預金者を乙と考え、預金元帳にも乙を預金者と記載した事実があつたとしても、右無記名定期預金の債権者は乙でなく、甲と認めるのが相当である。
    3. 無記名定期預金の債権者でない者が単に届出印鑑を使用してなした相殺の効力
      右無記名定期預金において、相手方の銀行は、無記名定期預金証書と届出印鑑を呈示した者に支払をすることにより免責される旨の特約がなされている場合、届出印鑑のみを提出した乙との間に、右無記名定期預金と乙の銀行に対する債務と相殺する旨の合意をしても、右銀行はこれによつて、甲に対する無記名定期預金払戻債務につき、免責を得るものではない。
  4. 破産債権確定請求(最高裁判決  昭和36年05月31日) 労働基準法第24条労働基準法第17条民法第509条
    労働者の賃金債権に対し不法行為を原因とする債権をもつてする相殺の許否。
    労働者の賃金債権に対しては、使用者は、労働者に対して有する不法行為を原因とする債権をもつても相殺することは許されない。
  5. 給与支払請求(最高裁判決  昭和44年12月18日)労働基準法第24条1項,地方公務員法第25条1項
    1. 賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺と労働基準法24条1項
      賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、かつ、あらかじめ労働者に予告されるとかその額が多額にわたらない等労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものであるときは、労働基準法24条1項の規定に違反しない。
    2. 公立中学校の教員につき、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が労働基準法24条1項の規定に違反しないとされた事例
      公立中学校の教員に対して昭和33年12月15日に支給された勤勉手当中に940円の過払があつた場合において、昭和34年1月20日頃右教員に対し過払金の返納を求め、この求めに応じないときは翌月分の給与から過払額を減額する旨通知したうえ、過払金の返還請求権を自働債権とし、同年3月21日に支給される同月分の給料および暫定手当合計22,960円の支払請求権を受働債権としてした原判示の相殺は、労働基準法24条1項の規定に違反しない。
  6. 債務金請求(最高裁判決 昭和47年12月22日)民法第650条2項
    民法650条2項前段の代弁済請求権と相殺
    受任者が民法650条2項前段に基づいて有する代弁済請求権に対しては、委任者は、受任者に対する債権をもつて相殺することはできない。
  7. 損害賠償及び請負代金 (最高裁判決  昭和53年09月21日)民法第533条民法第634条(旧)
    債権額の異なる請負人の報酬債権と注文者の目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権とを相殺することの許否
    請負人の注文者に対する報酬債権と注文者の請負人に対する目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権とは、右両債権額が異なる場合であつても相殺することが許される。
  8. 退職金等、同請求参加(最高裁判決  平成2年11月26日 ) 労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)第24条1項,民法第91条破産法第72条破産法第98条
    1. 使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺と労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)24条・1項本文
      使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺は、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの)24条・1項本文に違反しない。
    2. 使用者が労働者の同意の下に労働者の退職金債権等に対してした相殺が有効とされた事例
      甲会社の従業員乙が、銀行等から住宅資金の貸付けを受けるに当たり、退職時には乙の退職金等により融資残債務を一括返済し、甲会社に対しその返済手続を委任する等の約定をし、甲会社が、乙の同意の下に、右委任に基づく返済費用前払請求権をもつて乙の有する退職金債権等と相殺した場合において、右返済に関する手続を乙が自発的に依頼しており、右貸付けが低利かつ相当長期の挽割弁済の約定の下にされたものであつて、その利子の一部を甲会社が負担する措置が執られるなど判示の事情があるときは、右相殺は、乙の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したものとして、有効と解すべきである。
    3. 使用者が労働者の同意の下に労働者の退職金債権等に対してして相殺が否認権行使の対象とならないとされた事例
      甲会社の従業員乙が、銀行等から住宅資金の貸付けを受けるに当たり、退職時には乙の退職金等により融資残債務を一括返済し、甲会社に対しその返済手続を委任する等の約定をした場合において、甲会社が、乙の破産宣告前、右約定の趣旨を確認する旨の乙の同意の下に、右委任に基づく返済費用前払請求権をもつてした乙の有する退職金債権等との相殺は、否認権行使の対象とならない。
  9. 取立債権請求事件(最高裁判決 平成13年03月13日)
    抵当不動産の賃借人が抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって賃料債権に物上代位権の行使としての差押えをした抵当権者に対抗することの可否
    抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをした後は,抵当不動産の賃借人は,抵当権設定登記の後に賃貸人に対して取得した債権を自働債権とする賃料債権との相殺をもって,抵当権者に対抗することはできない。
    • 物上代位権の行使としての差押えのされる前においては,賃借人のする相殺は何ら制限されるものではないが,上記の差押えがされた後においては,抵当権の効力が物上代位の目的となった賃料債権にも及ぶところ,物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記により公示されているとみることができるから,抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権と物上代位の目的となった賃料債権とを相殺することに対する賃借人の期待を物上代位権の行使により賃料債権に及んでいる抵当権の効力に優先させる理由はない。
    • 抵当不動産の賃借人が賃貸人に対して有する債権と賃料債権とを対当額で相殺する旨を上記両名があらかじめ合意していた場合においても,賃借人が上記の賃貸人に対する債権を抵当権設定登記の後に取得したものであるときは,物上代位権の行使としての差押えがされた後に発生する賃料債権については,物上代位をした抵当権者に対して相殺合意の効力を対抗することができない。
  10. 否認権行使請求事件 (最高裁判決 平成13年12月18日)民法第506条1項
    有価証券に表章された金銭債権を受働債権として相殺をするに当たって同有価証券を占有することの要否
    有価証券に表章された金銭債権の債務者は,同債権を受働債権として相殺をするに当たり,同有価証券を占有することを要しない。
    • 有価証券に表章された金銭債権の債務者は,その債権者に対して有する弁済期にある自己の金銭債権を自働債権とし,有価証券に表章された金銭債権を受働債権として相殺をするに当たり,有価証券の占有を取得することを要しない。
    • 有価証券に表章された債権の請求に有価証券の呈示を要するのは,債務者に二重払の危険を免れさせるためであるところ,有価証券に表章された金銭債権の債務者が,自ら二重払の危険を甘受して上記の相殺をすることは,これを妨げる理由がない。
  11. 賃料等請求事件(最高裁判決 平成21年07月03日)
    抵当不動産の賃借人が,担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後に,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することの可否
    抵当不動産の賃借人は,担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができる。

前条:
民法第504条
(債権者による担保の喪失等)
民法
第3編 債権

第1章 総則
第6節 債権の消滅

第2款 相殺
次条:
民法第506条
(相殺の方法及び効力)
このページ「民法第505条」は、まだ書きかけです。加筆・訂正など、協力いただける皆様の編集を心からお待ちしております。また、ご意見などがありましたら、お気軽にトークページへどうぞ。