債権各論/賃貸借
ここでは、賃貸借について扱います。なお不動産の賃貸借については借地借家法による修正がなされている場合も多く、借地借家法の頁も参照してください。
賃貸借の成立
編集総説
編集賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせ、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約束することによって成立する契約です(601条)。賃貸借契約は、諾成契約であり、双務契約であり、有償契約です。もっとも、農地や牧草放牧地については農業委員会または都道府県知事の許可がなければ効力を生じません(農地法3条)。
他人物賃貸借
編集他人の物の賃貸借も、賃貸借は有償契約であるため、559条による560条の準用があり、有効です。そこで、賃貸借契約の成立を主張する場合には、目的物を賃貸人が所有していたことを主張する必要はありません。もっとも、他人物賃貸借である場合、賃貸借契約は賃貸人・賃借人の間のものであり、これをもって所有者に対抗できるものではありません。そこで、所有者から返還請求がなされた場合には賃借人はこれを返還しなければならず、これにより賃借人が目的物を使用収益できなくなった時には、559条による561条・562条の準用により、賃借人は契約を解除でき、善意の賃借人は損害賠償を請求することがでます。また、善意の賃貸人も契約を解除することができます。
効果
編集賃貸人の地位
編集賃貸人は、賃貸借契約に基づき、賃借人に対し目的物を使用収益させる義務を負います(601条)。この義務は使用貸借の場合と異なり、賃貸目的物を賃借人が契約の目的に従って使用収益できる状態にするという積極的内容を持つものです。また、賃貸目的物に瑕疵があった場合には、559条による準用によって、売買における担保責任の規定が準用されます。
賃貸人の義務として、606条1項に定められる修繕義務があります。目的物の破損が不可抗力による場合にも、賃貸人はその修繕をする義務を負います。もっとも、これは任意規定であり、特約によって修繕義務を賃借人に転嫁することや、賃貸人の修繕義務を一部免除することもできます。また賃借人の責めに帰すべき事由により修繕の必要が生じた場合には修繕義務は発生しないというのが多数となっており、修繕できない場合や修繕に過大な費用がかかる場合にも、修繕不能・修繕困難と評価され修繕義務は生じません。
なお、賃貸人が目的物の保存に必要な行為をしようとする場合、賃借人がこれを拒むことはできません(606条2項)。ただし賃借人の意思に反して賃貸人が保存行為をしようとする場合、賃借人はこれにより賃貸借契約の目的を達することが出来なくなるのであれば契約を解除することができます(607条)。
- 修繕義務の不履行
- 修繕義務が履行されず、目的物の使用収益が一部不能となった場合どのように考えるかについては見解が分かれており、一つには、その割合に応じて賃料債務の支払を拒絶できるという見解があります(大判大正10年9月26日民録27輯1627頁)。このように考えると、賃料の支払債務自体は全額について生じており、賃貸人が後に修繕すると一部が利用できなかったにもかかわらずその間の賃料全額を支払わなければなりません。そこでこれに対して、賃借物を利用できない限度で賃料自体が当然減額されるという見解も主張されています。これによると、全部が利用できない場合にはそもそも賃料債務は発生せず、一部の利用不能の場合にはその割合に応じて利用可能な限度で賃料債務が発生することとなります。
賃借人の地位
編集賃借人は、賃貸借契約に基づき、賃貸人に対して賃料を支払わなければなりません(601条)。賃料の支払い時期は、特約や慣習がない場合には後払いとなります(614条)。すなわち、原則として賃貸人が目的物を引き渡してこれを使用収益させることが先履行とされています。
賃借人は、賃貸目的物を使用収益するにあたり、その契約または性質による定まった用法に従い使用収益しなければなりません(614条による594条1項の準用)。また、賃借人は、善良な管理者の注意をもって目的物を保存する義務を負います(400条)。目的物に修繕が必要となった場合や、目的物につき権利を主張する第三者が現れた場合には、賃借人は賃貸人に通知をしなければなりません(615条)。
賃料減額請求
編集賃借人は一定の場合に、賃料の減額を請求することができます。賃料減額請求権は形成権です。また、契約目的が達成できない状況に至った場合には、契約の解除をすることもできます。
まず、収益を目的とする土地の賃貸借(ただし宅地を除く)で、不可抗力により賃料に満たない収益しか上げることができなかったとき、賃借人は収益額に至るまで賃料の減額を請求することができます(609条)。さらに収益の少ない状態が2年以上継続した場合、賃借人は契約の解除をすることができます(610条)。なお農地については農地法21条・22条などに特別の規定があります。
次に、賃貸目的物の一部が賃借人の過失によらずに滅失したとき、賃借人は滅失した部分の割合に応じて賃料の減額を請求することができます(611条1項)。残存する部分だけでは契約の目的を達することができないとき、賃借人は契約の解除をすることができます(611条2項)。
なお、借地借家法にも賃料の増減請求について規定がおかれています。これについては借地借家法の頁を参照してください。
費用の負担
編集賃貸人は賃借人に賃貸目的物を使用収益させなければならず、賃貸人が賃貸目的物の保存や管理に必要な費用を負担します。そこで、賃借人が必要費を支出した場合には、賃借人は賃貸人からその償還を受けることができます。必要費の償還については、契約の終了を待つことなく、直ちに償還請求できます(608条1項)。
賃借人が賃借物の価値を増加するために必要な費用(有益費)を支出した場合、賃貸人は賃貸借の終了時に、それを償還しなければなりません。この場合賃貸人は現実に支出された費用と増価額とのどちらを償還するかを選択することができます(608条2項本文による196条2項の準用)。また選択されない場合について、判例(大判明治35年2月22日民録8輯2巻93頁)は、相当の期間が経過しても選択されない場合には、低い額の方で有益費返還請求権が確定するものとしています。これに対して有益費償還債務を選択債務と構成して、408条によって賃借人は賃貸人に選択するよう催告でき、相当期間内に選択しない場合には賃借人が選択できると解する見解も主張されています。
また何が有益であるかについて、目的物の価値を増加させる有益行為であると認められるためには、それが目的物を通常利用する上で客観的に価値が増加したと評価されることが必要と考えられます。特殊な目的にとって役立つというだけでは、返還を受ける賃貸人にその目的のために使用することを強制できない以上、有益行為には当たらず、そのための費用は有益費とはなりません。
増価分は返還時に残存していなければならず、賃貸借契約の終了時に生じたとしても返還前に消滅したのであれば、賃貸人は増価分を取得できない以上、原則として有益費の償還請求は認められません(最判昭和48年7月17日民集27巻7号798頁)。
必要費及び有益費については、賃貸借契約が終了し賃借物が返還されてから1年が経過すると、請求できなくなります(621条による600条の準用)。この期間は除斥期間と考えられますが、訴えを提起することまでは必要でなく、裁判外でも償還請求権を行使すれば足ります(大判昭和8年2月8日民集12巻60頁)。
存続期間と更新
編集民法では、賃貸借契約の存続期間の最長期について、20年を越えることができず、超えた場合には20年に短縮されるものと定めています(604条1項)。これは、これ以上の期間を定めたい場合には地上権や永小作権を設定すればよいと考えられたためです。賃貸借契約の期間は更新することができますが、やはり更新の時から20年を超えることはできません(604条2項)。
賃貸借契約の更新は、合意によって更新がなされる場合の他、黙示の更新がなされる場合があります。賃借人が存続期間満了後も賃借物の使用収益を継続しており、賃貸人がこの事実を知りながら異議を述べなかった場合、賃貸借契約について、存続期間を除き前の賃貸借と同一の条件で更新の合意があったものと推定されます(619条1項本文)。黙示の更新がなされた場合、当該賃貸借契約は期間の定めのない賃貸借となります。
賃貸借契約の更新がなされた場合、当初の賃貸借契約上の債務について差し入れられていた担保(人的担保である保証も含みます)は、敷金を除いて、当初の賃貸借契約の期間満了によって消滅します(619条2項)。当初の賃貸借契約における債務を前提として担保を引き受けていた保証人・物上保証人や、当初の賃貸借契約における債務を前提としてその余剰価値を把握している後順位抵当権者などの利益を考慮するためです。これに対して敷金は、このようなものを害するおそれはなく、賃借人が返還を求めない場合には、当事者としても新たな賃貸借契約のために利用する意図があるものと認められるため、敷金の存続が認められています。
短期賃貸借
編集賃貸借は債権契約ですが、それが長期にわたると実質的には物権の設定に近い行為となります。そこで、民法では、処分につき行為能力の制限を受けた者(被保佐人や被補助人など)又は処分の権限を有しない者(権限の定めのない代理人や不在者財産管理人など)は、賃貸借をする場合には、以下の期間を超えない範囲でのみ契約をすることができる(602条)と定めています。このような短期の賃貸借契約を、短期賃貸借と言います。
- 樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借…10年(同条1号)
- その他の土地の賃貸借…5年(同条2号)
- 建物の賃貸借…3年(同条3号)
- 動産の賃貸借…6箇月(同条4号)
以前は、短期賃貸借はその期間の範囲内において先に登記された抵当権にも対抗することができました(旧395条)。しかし執行妨害のために悪用されるなどの弊害が目立ったため、現行民法では対抗することはできないとした上で、抵当権の目的である建物につき、6ヶ月の明け渡しの猶予期間のみを認めています(現395条)。
賃貸目的物の譲渡
編集売買は賃貸借を破る
編集原則として、賃貸人が賃貸目的物を第三者に譲渡し、新所有者が所有権に基づき賃借人に目的物の引渡しを請求して来た場合、賃借人は目的物の引渡しを拒むことはできません。所有権は絶対権としての物権であって、自らが所有権者であることを万人に主張することができます。しかし賃借権は債権であり、契約当事者(賃貸人・賃借人)に対してしかこれを主張することはできません。そこで、賃借人は新所有者との関係では、何の正当性もなく物を占有していることになり、所有権に基づく返還請求に応じなければなりません。このことを、「売買は、賃貸借を破る」と言い、これが民法の原則です。
もっとも、物権において扱いましたが、不動産を譲り受けた新所有者が新所有者である、すなわち賃貸人から所有権を譲り受けたという物権変動を177条の第三者に主張するためには、対抗要件としての登記を備える必要があり、判例・通説によると、不動産賃借人は177条の第三者に該当するとされています。
対抗力を備えた不動産賃借権
編集しかし、特に不動産の賃貸借は生活や事業の基盤となるものであり、安定して存続することが求められます。そこで以上の例外として、民法では、605条において「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その後その不動産について物権を取得した者に対しても、その効力を生ずる。」と定めています。これにより、賃借権について登記をしておくことで、賃借権の存在を新所有者にも対抗することができます。
この賃借権の登記申請は賃借人と賃貸人の共同申請によることとされています。しかし、賃貸人の義務は賃借人に目的物を使用収益させることであって、売買などの場合と異なり、特約がなければ賃貸人には賃借人に対し登記申請に協力する義務はない(大判大正10年7月11日民録27輯1378頁)とされており、賃借人に登記請求権はありません。そして賃貸人としては、一般的に言って、所有する土地の価値を下落させることとなる賃借権の登記は望ましいものではありません。そのため現実に不動産賃借権が登記されている割合は、わずかなものとなっています。
そこで、不動産賃借人を保護するため、特別法として借地借家法が定められています(借地借家法については、借地借家法の頁を参照してください。)。また、農地法においては、農地や採草放牧地の引渡しによって、その賃借権に対抗力が与えられています(農地法18条1項)。
賃貸人の地位の移転
編集賃貸人が目的物を第三者に譲渡した場合、賃貸人の地位がどうなるかも問題となります。賃貸借契約は債権契約であり、債権・債務関係であることからすると、当事者の合意や賃借人の承諾などがなければ賃貸人としての地位は移転しないとも考えられます。
しかし、判例(大判大正10年5月30日民録27輯1013頁、最判昭和39年8月28日民集18巻7号1354頁)・通説は、賃借人が賃借権を譲受人に対抗できる場合には、当該不動産の譲渡によって、特段の事情がない限り賃貸人としての地位が譲渡に伴って法律上当然に移転し、旧所有者は賃貸借関係から離脱するとしています。賃貸人が賃借人に対して負う各種の債務は、目的物を所有していれば誰でも履行でき、目的物所有者でなければ履行できない性質の債務、すなわち目的物所有権に付着した状態債務であるため、目的物所有権を取得した者はこの債務を引き受け、目的物所有権を手放した者はこれを免れると考えられているのです。
そして、不動産所有権の移転があった場合には、新所有者にその義務の承継を認めた方が賃借人にとって有利であることもあり、このような目的物の譲渡による賃貸人の地位の移転には賃借人の承諾も不要であると考えられています(最判昭和46年4月23日民集25巻3号388頁)。
特段の事情については、判例(最判平成11年3月25日判時1674号61頁)は、新旧の所有者間において賃貸人の地位を旧所有者に留保する旨を合意したとしても、これにより特段の事情ありと認めた場合、賃借人は建物所有者との間で賃貸借契約を締結したにもかかわらず、新旧所有者間の合意のみによって、建物所有権を有しない転貸人との間の転貸借契約における転借人と同様の地位に立たされることとなり、賃借人が不測の損害を被るおそれがあるとして、これにより直ちに特段の事情があるとはいえないとしています。
以上のように、判例・通説は、賃貸人の地位は当然に移転するものとしており、また判例は譲受人の所有権移転登記を対抗要件と考え、譲受人が賃貸人として賃料を請求する場合、自らに登記があることを主張する必要はなく、請求に対して賃借人が177条による対抗要件の抗弁をすることができるものとしています。しかしこれに対して学説では、賃貸人としての地位は物権変動の対抗問題を扱う177条と無関係であるとして、所有権移転登記を得ていない譲受人も賃貸人としての地位を主張することはできるという登記不要説や、逆に賃貸人たる地位の主張が認められるためには確定的に所有権を取得したことが必要であり、賃料を請求する譲受人は自ら、所有権の移転につき登記を備えたことを主張する必要があるとの見解も主張されています。
賃貸人としての地位が移転すると、賃借人は、必要費の償還や有益費の償還について、譲渡以前の分についても新賃貸人に請求することができることとなります。これは、新賃貸人に対する償還請求を認めた方が賃借人にとっても利益となり、また新賃貸人が支出によって維持・改良された目的物を取得することとなるのであるから、その負担を負うべきであると考えられるためです。また、敷金について、判例(大判昭和5年7月9日民集9巻839頁、大判昭和11年11月27日民集15巻2110頁)は賃借物が譲渡され譲受人が賃貸人たる地位を承継する場合、敷金も当然に承継されるとしています。承継前に賃貸人が旧賃貸人に対して契約不履行があり債務を負担していた場合には、敷金はその債務の弁済に充当され残額が新賃貸人に承継されます(大判昭和18年5月17日民集22巻373頁、最判昭和44年7月17日民集23巻8号1610頁)。
賃借権の譲渡・転貸借
編集総説
編集賃借権の譲渡や転貸には、賃貸人の承諾が必要と定められており(612条1項)、承諾なしに譲渡や転貸がなされた場合、賃貸人は賃貸借契約を解除することができるとされています(612条2項)。
そして、賃貸人の承諾により転貸がなされた場合について、賃貸人は転借人に対する直接請求権が与えられています(613条1項)。
譲渡・転貸
編集612条の言う譲渡・転貸とは、賃借権の譲渡契約や転貸契約を締結しただけでは足りず、譲受人や転借人が目的物を現実に使用収益することを必要とします。例えば借地上の建物について譲渡担保が設定され所有権が譲渡担保権者に移転すると、従たる権利として敷地の賃借権も譲渡担保権者に移転することになりますが、譲渡担保権設定者が建物の使用収益を継続している間は、612条にいう敷地賃借権の譲渡があったとはいえません(最判昭和40年12月17日民集19巻9号2159頁)。一方、譲渡担保権者が引渡しを受けてこれを使用収益している場合には、未だ譲渡担保権が実行されていない段階であったとしても、612条に言う譲渡に当たることとなります(最判平成9年7月17日民集51巻6号2882頁)。
なお敷金について、賃借権の譲渡がなされた場合は、判例(最判昭和53年12月22日民集32巻9号1768頁)は、敷金は当事者の間で特別な合意がない限り、新賃借人には承継されないとしています。そこで原賃借人は賃貸人に対して、譲渡までの原賃借人の債務を控除した残額について、敷金返還請求権を有することになります。これは、敷金はあくまでこれを交付した原賃借人の債務を担保するものであって譲受人の将来の債務まで担保するため交付されたものではなく、また賃貸人は承諾の際に敷金の差し入れを求めるなどによって対処することができるためと考えられます。
借地上の建物の賃貸
編集借地上の建物が譲渡された場合、従たる権利として敷地の利用権は建物所有権に付随して譲渡されるものと考えられ、無断でこれが行われれば無断譲渡となります。これに対して、借地上の建物が第三者に賃貸された場合、敷地が転貸されたこととはならず、無断転貸があったとは認められません。これは、賃貸人が賃借人の建物所有のために土地を賃貸した以上、その建物の利用としての建物賃貸借も当然甘受しなければならず、また建物の賃貸であれば土地の利用形態にも違いが生じるものではないためです。
直接請求権
編集転借人がその義務を履行しているにもかかわらず原賃借人は原賃貸人に対して義務を履行しない場合、原賃貸人は賃料を得ることができず、一方転借人は原賃貸借関係が解除される危険があり、原賃借人だけが利益を得ることともなります。そこで、原賃借人が転貸借による賃料を得られるのは原賃貸人が目的物を貸しているからであり、目的物の使用収益をしている転借人に、原賃貸人に対して履行の責任を負わせることが公平に適うものと考えられ、原賃貸人には転借人に対する直接請求権が認められています(613条1項前段)。
これによって、転借人は、転貸借契約に基づき負担する義務を、原賃貸人の請求に応じて原賃貸人に対して履行する責任を負います。転貸料を直接請求するかどうかは原賃貸人の自由であり、またこれにより行使される原賃貸人の権利は転貸借契約の範囲内のものです。そこで、転貸料の方が原賃貸借契約の賃料よりも低額であったとしても、転貸料の額しか請求することはできません。他方、転貸料のほうが高額であった場合には、原賃貸人が必要以上の保護を受ける理由はなく、直接請求できる額は賃貸料の額が上限となると考えられています。
そして、転貸料の直接請求がなされた場合、転借人は転貸料の前払いをもって原賃貸人に対抗することはできません(613条1項後段)。これは、転借人と転貸人が通謀して原賃借人の直接請求権を害することを防ぐため、転借人が転貸料債務の期限の利益を放棄したとしても原賃貸人にそれを対抗できないとしたものであり、ここでいう前払いとは転貸借契約の転貸料請求権の履行期より前に転貸料が転借人から転貸人に支払われたことを意味します(大判昭和7年10月8日民集11巻1901頁)。
無断譲渡・無断転貸
編集総説
編集まず、無断譲渡や無断転貸にあたる場合も、その契約自体は有効であり、転貸人と転借人などの契約当事者は契約に基づく権利義務を負うこととなります。しかし、これをもって賃貸人に対抗することはできず、賃貸人は賃貸借契約を解除することができます(612条2項)。この場合催告は不要です。
これは、賃貸借関係における人的信頼関係を重視した規定であり、賃借人が誰であるかは賃貸人にとって重要な事柄であるという点を考慮したものです。しかし賃借権も一つの権利であり、契約自由の観点から、賃貸人に不利益を与えないのであれば解除を認める必要はないのではないかということが議論されることとなりました。そのような中で、判例が採用したのが信頼関係破壊の法理です。
信頼関係破壊の法理
編集信頼関係破壊の法理とは、賃借人が賃貸人の承諾なく第三者に賃借物の使用収益をさせた場合であっても、賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足りない特段の事情がある場合においては、612条の解除権は発生しないというものです(最判昭和28年9月25日民集7巻9号979頁)。そしてこの立場は、学説においても支持されています。
これによると、あくまで原則としては、無断譲渡や無断転貸があった場合には賃貸人は解除をすることができます。そして例外的に、賃借人に信頼関係の破壊がないと認められる特段の事情がある場合に解除が否定されます。そこで、背信行為と認めるに足りない特段の事情があることについては賃借人の側に主張立証責任があると考えられています(最判昭和41年1月27日民集20巻1号136頁)。この特段の事情があると認められた場合には、承諾があった場合と同様の法律関係が当事者間に認められることとなります。特段の事情が認められなければ、譲受人や転借人は目的物の占有権限を持たず、賃貸人からの目的物の引渡し請求に応じなければならず、また賃貸人は賃貸借契約を解除することができます。
背信性については、現在の多数説では、物的・経済的側面のみならず人的要素も考慮し、当事者双方の諸事情をも考慮して総合的に判断するものと考えられています。そこで、譲渡・転貸の範囲や継続性、利用主体の変更の実質性などが考慮されることとなります。背信性がないとされた場合としては、賃借人に実質的変更がない場合として、親族への譲渡(最判昭和39年1月16日民集18巻1号11頁)の場合や個人営業をしていた賃借人が会社に組織変更した場合(最判昭和39年11月19日民集18巻9号1900頁)などがあります。
背信性の不存在という要件は規範的要件にあたります。
賃貸借の終了
編集総説
編集賃貸借契約は、一つには、存続期間の満了により終了します(更新されない場合)。また、期間の定めのない賃貸借では、各当事者はいつでも解約の申し入れをすることができ、この場合解約申し入れ後、土地については1年、建物については3ヶ月、動産・貸席については1日の経過により終了することとなります(617条1項)。期間の定めがある賃貸借の場合でも、合意により解約権を留保している場合には、解約権を有する当事者は617条の規定によって解約の申し入れをすることができます(618条)。
賃貸借契約の一方当事者が債務不履行を犯した場合には、相手方は債務不履行を理由に解除することができます。賃貸借契約が解除された場合、その効果は将来に向かってのみ発生します(620条)。一般の解除については、判例・通説は直接効果説を採っていますが、ここでの解除は遡及効を持つものではなく、これは解約告知とも呼ばれます。
さらに、賃貸目的物が全部滅失した場合、賃貸借はこれによって消滅します(最判昭和32年12月3日民集11巻13号2018頁)。この場合解除の意思表示も不要です。これは、目的物が消滅した以上、もはや契約を維持する意味もないと考えられるためです。一方、賃貸人や賃借人が死亡した場合、賃貸借は終了しません。
賃貸借の解除
編集賃貸借の債務不履行による解除については、その適用条文について見解が分かれています。判例(最判昭和27年4月25日民集6巻4号451頁)では、解除の根拠としては541条とし、原則として賃貸人は、相当期間を定めて催告した上で、なお賃借人が契約の本旨に従った履行をしないない場合に解除できるとした上で、ただ信頼関係が破壊された状態となっているのであれば、催告は信義則上不要であるとしています。例えば判例では、9年10ヶ月にわたり賃料が支払われていない場合(最判昭和49年4月26日民集28巻3号467頁)や、バラック所有のために使用し本建築をしないこと・同所に寝泊りをしないことを特約して一時使用のために賃借をしたにもかかわらず、その後建築した仮設建物を旧態を留めないほど改築して木造二階建ての本建築物とし、夫婦で居住した場合(最判昭和31年6月26日民集10巻6号730頁)などについて無催告解除を認めています。
そして、判例・学説上、賃貸借の解除においては、無断譲渡・転貸の場合と同様、義務違反があった場合でも未だ信頼関係を破壊するに至っていない場合、契約の解除は認められないという、信頼関係破壊の法理が採用されています。そこで、一度きりの賃料支払いの遅延や軽微の無断改造などでは、解除が認められ難いこととなります。
これに対し、541条の規定は賃貸借のような継続的契約関係について定めたものではなく、雇用についての628条の法理によるべきとの見解も主張されています。この立場に立つと、債務不履行があったとしてもやむを得ない事由がなければ賃貸借契約を解除することはできません。さらに、解除をするためにはやはり催告は必要であると考えられ、ただ義務違反の性質や程度が著しく賃貸借関係の存続を賃貸人に求めることができないような場合には催告なく解除できることとなります。
終了と第三者
編集賃貸借関係を基礎として、転貸借がなされたり借地上の建物の賃貸借がなされるなど、別の法律関係が築かれていることがあります。ここで、基礎となった賃貸借関係が終了した場合、これを基礎としていた法律関係がどうなるかが、この賃貸借の終了と第三者の問題です。
まず、判例(最判昭和10年11月18日民集14巻1845頁、最判昭和36年12月21日民集15巻12号3243頁)は賃料不払いや無断譲渡などの賃借人の債務不履行を理由として賃貸借契約が解除された場合、賃貸人は債務不履行を理由とする解除をもって転借人等に対抗できるとしています。そこで転借人は現賃貸人からの目的物返還請求に応じなければならないこととなります。そして、解除の際、転貸人に催告等をする必要はないとしています。これに対して学説では、転借人が賃貸借関係を継続するため第三者弁済(474条)をする機会を確保するため、承諾をした原賃貸人は承諾した以上、転借人に対しても原賃貸借契約を解除をしようとする場合には催告をしなければならないという見解も主張されています。
なおこの場合、原賃貸借を基礎としてなされていた転貸借契約に基づく転貸料請求について、判例(最判平成9年2月25日民集51巻2号398頁)は、賃貸人の承諾のある転貸借は、賃貸人が転借人に対して目的物の返還を請求したときに、転貸人の転借人に対する債務の履行不能により終了するとして、賃貸人からの返還請求時を基準として請求できなくなるものとしています。
また、期間満了によって原賃貸借関係が終了した場合、原賃貸人は転借人に対して契約の終了に基づき賃借物の返還を請求することができます。これは、613条1項に基づき転借人が目的物返還義務を負うことによるものです。
これに対して賃貸人と賃借人との合意解除がなされた場合、判例は、借地権設定者と借地権者が借地契約を合意解除しても、適法な転借人の権利は消滅せず(大判昭和9年3月7日民集13巻278頁、最判昭和62年3月24日判時1258号61頁)、借地上の建物の賃借人(最判昭和38年2月21日民集17巻1号219頁)や抵当権者(大判大正11年11月24日民集1巻738頁)にも合意解除を対抗できないとしています。これは、賃貸人は承諾すること(転貸借の場合)や土地を賃貸すること(借地上の建物の賃貸借などの場合)によって一旦その使用収益を認容しておきながら後に自ら賃貸借関係を消滅させ、明け渡しを求めるのは信義に反するものであり、また原賃借人も、自らの権利を基礎として他人に権利を設定した以上これを放棄することは許されず、合意解除という原賃貸人・原賃借人間の契約の効力を転借人に主張することはできないと考えられるためです。もっとも、転借人の同意を得て合意解除をした場合や、賃借人の賃料不払いなどの債務不履行がある場合に、当事者が合意解除の形式をとったに過ぎない場合には、賃貸人は転借人に対しても合意解除の効果を主張できると考えられます。
(参照 賃貸借)