無効と取消
(追認 から転送)
条文構成
編集「第1編 総則 第5章 法律行為 第4節 無効及び取消し」に定められる。条文は以下のとおりである。
総説
編集共通点
編集無効・取消ともに法律行為に関して、その効力を原始的に解消するものである。
相違点
編集無効 | 取消 | |
---|---|---|
法的性質 | 法律行為は効果を生じないという状態。 →訴訟においては、そのような状態を「確認」することとなる。 |
法律行為の効果を消滅させ、効果が生ずる前の状態にさせる権利(形成権)。 →訴訟においては、そのような権利を行使し、無効状態を「形成」させる。 |
主張が可能である者 | 原則として誰でも主張できる。 (主張権者が制限される可能性はある) |
取消権を有する者(代理人等を含む)のみが主張できる。 |
効果の発生 | 一定の者の主張がなくとも法律行為の効果は生じない(最初から法律行為は効力を有しない)。 | 取消権者の意思表示があって初めて法律行為の効力が遡って無効となる(取消の意思表示があるまで一応有効)。 |
放置の効果 | 放置しておいても有効になることはない。 | 一定の時間経過後、有効に確定する。 |
追認の効果 | 追認によって有効にならない。 | 追認により確定的に有効となる。 |
無効となる法律行為及び「取り消すことができる」法律行為の例(民法典) | ||
(参考) 親族法・相続法中の身分行為等で無効となる法律行為及び「取り消すことができる」法律行為の例 |
- ただし、この相違点は絶対的なものではなく、2017年改正において、意思能力に支障がある者の行為は無効とされることが明定されたが(第3条の2)、無効を誰でも主張できるわけではなく、意思能力に支障がある者の利益保護の目的に適う者のみが主張できるとするのが、2017年改正前からの有力説である。
- なお、錯誤については、2017年改正前は無効と定められていたところ、たとえば、錯誤に陥らせた者が、意に反した結果を解消するため無効の主張をすることは、かえって不法を助長する結果となるなどの価値判断により、判例により表意者のみ無効の主張ができるとされ、実質的に取消しと同様の位置付けにあったが、2017年改正により、無効ではなく取消しうるものとなった。
《なぜ、無効と取消を区別するか》
- →論理からの帰結ではなく、法政策的なもの。
(原則)
- 個人の保護、個人の意思を問わず、法の理念(法益的立場)から見て効力を認めるべきでない場合(例. 強行規定違反、公序良俗違反)は、無効とする。
- 個人の保護、個人の意思を熟慮する必要が有る場合(例. 錯誤、詐欺、強迫、制限行為能力)、当該法律効果を解消するかどうかを保護されるべき個人の選択に係らせ、取り消すことができるとする。
意思表示との関係
編集あくまでも理念的なものであるが、意思表示において、表示者の内心的効果意思と表示効果の関係により、無効な行為であるか、「取り消すことができる」行為であるかが区分されうる。
無効
編集- 法律行為の効果が初めから当然に発生しない。
- 無効な法律行為に基づいて請求できない。
- 無効な法律行為に基づいて現状維持(抗弁)もできない。
- 裁判所は無効な法律行為を基礎として権利義務関係を判断してはならない。
- cf.無効の多義的な意味
- 無権代理の効力 - 追認により効力は確定的に有効
- 無権代理人と相手方の間では一応有効で、相手方は無権代理人に履行等を請求しうる、他人物売買などに類似。相手方は、それを取り消すことができる(第115条)。
- 本人や本人の権利に由来する第三者等には当然無効であるが、存在そのものが無効というものではないので、「本人に効果が帰属しない」という表現をする。
- 処分権のないものの処分行為の効力
- 無権代理の効力 - 追認により効力は確定的に有効
- 無効であることによる法律関係
- 主張の相手方
- 原則:すべての人に対して主張できる(絶対的無効)
- 無効な行為の外形に基づいて譲り受けた者に対しても履行義務を負わない。
- 無効な行為の追認
- 無効行為は当事者の意思表示(追認)によっても有効とすることはできない。無効であることを知って、それを有効とする行為があった場合、「新たな法律行為」がなされたものとされ(第119条)、その行為に関して有効性が判定される。この場合、元からある無効原因(例.公序良俗違反、強行規定違反)が解消されていなければ当然無効である。
- 当事者間で、無効原因を解消した後、元の行為に遡って権利義務関係を確定させることは可能である。
- 一部無効
- 法律行為の一部に無効原因がある場合
- 法律に規定がある場合それに従う。
- 法律に規定がない場合、法律行為の修正的解釈により対応する。
- 法律行為の一部に無効原因がある場合
- 無効行為の転換
- 無効な法律行為が他の法律行為の要件を充足する場合に、無効な行為を他の法律行為として効力を生じさせることを認めるか。法律行為の修正的解釈の局面。
取消
編集- 意義
- 意思表示に瑕疵がある場合に一旦発生した意思表示としての効力を廃棄する旨の表示者の意思表示。
- 意思表示は遡って無効
- その意思表示を構成要素とする法律行為も遡って無効
- 「取消」の多義性
- 制限行為能力者に対する営業や職業の許可の取消は、将来に向かってのみ効力を有する。
- 制限行為能力者、失踪宣告の取消 - 裁判所の行為又は行政行為
- 類似概念
- 撤回:意思表示を表明し、それが法的な効果を発生させる前等に、表明がなかったものとすること。
- 解除:当事者間一方の意思表示により、有効に締結された契約関係を終了させること。
- 意思表示に瑕疵がある場合に一旦発生した意思表示としての効力を廃棄する旨の表示者の意思表示。
- 取消権者
- 取消によって特定の者(本人を含む)を保護する。
- 制限行為能力者 - 単独で取り消すことができる。
- 錯誤・詐欺・強迫により瑕疵ある意思表示をなしたる者
- 代理人
- 後見人
- 保佐人/補助人 - 特定法律行為における同意権を実効せしめるため
- 代理人が取消権を持つことの意味
- 本人の持つ取消権を代理行使する。
- 固有の取消権を持つ。←同意権を実効ならしめるため(未成年者の法定代理人)
- 取消によって特定の者(本人を含む)を保護する。
- 効果(第121条)
- 初めから無効(遡及して無効)
- 債務は消滅、履行済み行為については、不当利得返還請求権(第704条)により返還。
- 121条但書 - 制限行為能力者の返還義務の範囲
- その行為によりて、現に利益を得る限度に限定、その利益の存する限度、第704条における悪意があっても同様
- 121条但書 - 制限行為能力者の返還義務の範囲
- 制限行為能力者に与えた取消権を実効ならしめるため、取り消した結果、余計な負担を負わないようにする。 → 制限行為能力を理由とする取消の場合のみ適用
- 債務は消滅、履行済み行為については、不当利得返還請求権(第704条)により返還。
- 現に利益を受ける限度
- 利益が有形的に現存する限度
- (判例)制限行為能力者の受けた利益が有益に消費されて財産の減少を免れた場合
- 第三者に対する効力
- 全ての人に対して主張できる。
- (例外)詐欺による取消
- 取消前に利害関係に入った「善意の第三者」に対しては主張できない。
- 初めから無効(遡及して無効)
- 要件
追認
編集- 取り消すことができる行為を取消権者の意思表示により確定的に有効とすること。
- cf.無権代理の追認(第113条) - 無権代理は、本人においてそもそも無効(拒絶できる)であるが、追認することで遡って有効となる。
- 要件
- 追認権者 - 追認の意思表示を成しうる者
- 追認の意思表示の相手方
- 相手方が確定している場合、当該相手方に対して(第123条)
- 追認が有効となる要件(第124条)
- 取消しの原因となっていた状況が消滅した後
- 未成年者は成年になった後
- 未成年者以外の制限行為能力者はそれぞれの宣告が取り消された後
- 詐欺・強迫を受けたものは詐欺・強迫の状況を脱した後
- これ以前は取り消すか、追認するかの選択につき、判断能力は正常でないと見られ、追認自体が瑕疵を帯びうる。
- 取消権を有することを知った後
- 制限行為能力者については、行為時において自分の行った行為の意味を理解していないのが通常であり、自分の行為が取り消すことができるかどうかが理解できるようになることを要する。
- 後見人等保護者が追認をなす、又は、追認の同意をする(成年後見人を除く)場合について上記の制限はない。
- 取消しの原因となっていた状況が消滅した後
- 効果
- 初めから有効。一応有効(取り消さない限り有効である)な法律行為の効力を将来的・永続的に確定する。
- 取り消されることを期待して、関与した第三者の権利
- 取り消すことができる行為は初めから有効 → 第三者の権利が害されることがない。
- 取り消されることを期待して、関与した第三者の権利
- 初めから有効。一応有効(取り消さない限り有効である)な法律行為の効力を将来的・永続的に確定する。
- 取り消すことができる行為を取り消さない場合、その行為を前提とする法律行為を取消権者が有効に行った場合、明示の追認の意思表示はないが、追認したもの(黙示の追認)として解釈して良い。
- 一定の場合に意思表示の解釈を待たずに、一律に追認を擬制し、行為の効力を常に有効に確定する事由
- 要件
- 第125条の事実
- 全部又は一部の履行
- 履行の請求
- 更改
- 担保の供与
- 取り消すことができる行為によって取得した権利の全部又は一部の譲渡
- 強制執行
- 追認をなし得る者(取消権者)の行為であること
- 「追認をすることができるとき以後」- 第124条第1項に規定。
- 取消権者が異議を留めなかったこと。
- 第125条の事実
追認の催告
編集- 「取り消すことができる行為」が取り消されもせず、追認もされない。
- →「取り消すことができる行為」の相手方は、法的に不安定な立場となる。
- →「追認」を催告し、期間中に「取消」の確答がない場合、追認されたものとみなす。
- 制限行為能力者の行為(第20条)
- 行為能力を回復した制限行為能力者又は制限行為能力者の代理人等へ、1ヶ月以上の回答期限を付して追認を求め、期限までに回答のない場合、追認したものとみなされる。
- (積極的な追認の意思表示は不要)
- cf.無権代理人の行為(第114条)
- 相手方は、本人に対し、相当の期間を定めて、その期間内に追認をするかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、本人がその期間内に確答をしないときは、追認を拒絶したものとみなす。
- (積極的な追認の意思表示が必要)
- cf.無権代理人の行為(第114条)
- 詐欺・強迫による行為 - 催告権は認められない。
- 取消の原因を作出した者に催告権を認めるのは、信義則(第2条第2項)に悖り、詐欺者・強迫者は法的保護に値しないとの価値判断により、催告権を認めていない。追認の催告権は、「取り消すことができる行為」の相手方に一般的に認められるものではなく、各ケースにより、立法で対応すべきもの。
- 錯誤による行為
- 本人が錯誤に陥ったことに関して、「取り消すことができる行為」の相手方が善意無過失ならば、法的に不安定な状態を早期に解決すべき理由はある。
- →2017年改正時に議論となり、無条件ではなく立法的解決が議論されたが、立法による対処はなされず、この場合においての催告権の付与については消極的であると考えられる[1]。
- 制限行為能力者の行為(第20条)
取消権の消滅
編集- 取消権の消滅(第126条)
取消権の競合
編集適用局面
- 同一の法律行為について複数の取り消し原因がある。
- 同一の法律行為について複数の取消権者が存在する。
適用パターン
- 法律行為の一方の当事者が複数の取消原因を持つ。
- 例)制限行為能力者が詐欺をされた。
- それぞれを理由として取消を主張でき、追認も各々可能である(信義則上相反する主張はできない)-期間内
- 例)制限行為能力者が詐欺をされた。
- 法律行為の当事者双方に取消権が発生
- 例1)取引者双方が制限行為能力
- 例2)制限行為能力者による詐欺
- →二重効が認められる。別々に扱う。(cf.第21条)
- 同一の法律行為について複数の取消権者が存在
- 例)制限行為能力者自身が取り消すまたは法定代理人等が取り消す。
- →二重効が認められない。一体として扱う。
脚注
編集- ^ 「錯誤も表意者側の事情に基づく取消原因であり,相手方に帰責性があるとは限らないから,相手方の法的安定性を保護する必要があるとも考えられる。もっとも,錯誤については,相手方が提供した情報により錯誤に陥ることも考えられるので,このような場合について催告権を設けるかどうかは議論が分かれ得る(不実表示に関する規定を設けた場合に催告権を設けるかどうかも同様である。)と思われる。(法制審議会民法(債権関係)部会第31回会議(平成23年8月30日開催)部会資料29 民法(債権関係)の改正に関する論点の検討(2))